帰り道、俺たちは終始無言やった。


別に気まずいとかはないけど、何て声をかければええんかわからん。


名字のマンションの部屋の前まできて、楽しかったかと聞けばすごくと答えた。そう答えるわりには顔が少し暗い。

その理由は俺にはわからん。けど楽しかったんはほんまやろう。先輩らに妬けるほど今日の名字は笑っとったから。



「ほなな」



もう年明けまで会えへんと思うともう少し話していたいと思うけど、俺にはそんな資格も権利もない。


それはわかってんねん。


わかってんねんけど抑えられへんくて名字の頭に手を置いた。


俺らしないわ。名字は俺が触れられない筈の女やのに。触れたいと思うのはきっと好きやから。



そんな気持ちを振り切って背を向けたら、遠慮がちに引かれたジャージの右腕の袖。

今までの俺やったら絶対に振り払っていたやろう女の手を俺はただ驚く目で見るだけやった。


俺、変わったな。いや、名字に対してだけか。



「どないした?」



聞けば何でもないと言う。絶対嘘や。そんなん見抜ける。

けど、曖昧に笑うから知られたないんやと思って敢えて聞かんかった。



そのまま別れて名字の行動の意味を考える。そこではっとした。


あいつは今、一人や。誰も居らん家でたった一人。

パーティーが楽しかったとして、火が消えたように静かな部屋に帰るんはどんな思いやったろう。だから俺を引き止めたのかもしれへん。



「名字…」



俺は前髪をくしゃっとして眉間に皺を寄せる。もう少し早よ気づければ…。


慌ててポケットから携帯を取り出してアドレス帳から名字を選び出す。



『もしもし、何、どしたの?』



名字に電話をすればいたって普通の返答がされた。


なんや、平気そうや。一瞬俺の思い過ごしかと思った。


でも違た。



「いや……その、大丈夫、か?」

『……………』



俺の問いかけには何の答えもない。それどころか無言になってまう。



「名字?」

『…何が大丈夫?』



その声は微かに震えとる。


あの何もない、一人には広すぎる家で名字は今一人なんや。いくら普段も一人やからって一人が平気な奴が居るわけない。


それに名字は、自分では気づいてないやろうけど、かなり孤独が苦手や。

あいつが風邪をひいて弱った時に見せた本音と涙。寝言で行かないでと言った苦しそうな顔。

人と関わらないのは何も得たくないから。何かを得れば失う時が怖い。せやからいつも一人でいた。


ほんまは孤独が嫌いなくせに。強がって頑張ってきたんを誰も知らない。



『別に大丈夫だし』



ええやろか、俺が気づいて。


好きやから。俺らしくない程目で追うから。




−50−


戻る