静まり返った家に入ると急に物悲しくなる。
行って良かったと思う反面、行かなきゃよかったとも思う。
楽しければ楽しい程、帰って一人になった時の孤独が増大する。財前に手を伸ばしたのもそれが理由だった。
一人になるのは慣れてる筈なのに。
さっきまでいた部室、先輩たち、そして財前を思い出すと胸が痛い。
やっぱりあたしには向かないんだと思う。
友達とか好きな人とか、そんなのもつべきじゃない。
捨てられるのが怖いなら、一人に戻るのが怖いなら、最初から関わらなければいい。だから周りなんてどうでもよかったんだ。
「いつからだ…」
その問いかけに返ってくる声はない。
いつからこんなに人間らしくなったんだ。
誰にも関わらず、一線を引いていればどんなことにだって動じることはなかったのに。
一人が嫌だと思い始めて。
友達や財前といたいと思い始めて。
あたしは変わってしまった。
確かに、財前に変わってもいいんだと言ったのはあたしだ。自分が変わったことも自覚してる。
なのにあたしは尚自分の殻に閉じこもろうとしてる。以前のあたしに戻ろうとしてる。
友達や好きな人への気持ちを捨て去って。
『名字』
あたしが好きなあの声で呼ばれた気がして、はっと顔を上げる。
そんな筈ないってわかってるのに。
この家には誰もいない。家族さえいないのに、財前がいるわけない。
家族…はこの家にいないわけじゃないか。実家に帰ってもいない。
あたしは一人だ。家族はいない。ただ血が繋がってるだけでは家族なんて言えない。
あたしは間違って生まれてきた子なんだから。家族がいないことは当然なんだ。
あたしに注がれる愛はない。
こんなあたしが財前を好きになっていいの?
愛されたこともないくせに人を愛そうだなんて、やっぱり馬鹿げてる。どうせ女に見られてないならこんな気持ち捨ててしまえればいいのに。
友達、でいいから。傍にいたい。
好きってこんなに苦しいんだ。部長に、あたしは財前が好きなんだって言われてストンと何かが落ち着いたのは事実だ。
でも自覚したからって苦しみはなくなりはしない。
何なんだよ、まったく。
あたしのネガティブな考えを遮るように携帯が鳴った。
ポケットから取り出して画面を見ると、彼の名前。まさかさっき呼ばれた気がしたのはこれを予期してだったのか。
…有り得ないか。
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