部長がそろそろ終わりやなって言った頃にはもう外は暗くなってた。


時間を忘れる程あたしは楽しんでいたみたいだ。最初こそ馴染めないでいたけど、いつの間にかあたしは笑顔だった。


テニス部ってすごい。こんなに人前で笑ったの初めてかもしれない。



「名字さん、もう暗いし財前に送ってもらい」

「え、はぁ!?ざい、ぜんですか」



予想外で思わず声を上げると財前にじろりと睨まれた。そんな睨んだって別に怖くないし。



「俺らの誰かでもええけど、財前が適任やろ。名字さんの家知っとるし」

「あぁ、まぁ」



ちらりと隣に座る財前を見ると、特に不機嫌になった様子もなくいつも通り。

正直言うとあたしは嬉しかったりもする。仮にも好きになってしまった相手だし。

でもここは学校なんだから一人で帰れる。財前の家がどこかは知らないけど、もし遠回りだったら申し訳ない。



「名字」

「何」

「通り道やから送る。先輩らお先っすわ」



立ち上がってラケットバックを持つと挨拶もそこそこに部室を出て行く。あたしは部長たちにお礼を言って財前を追った。


通り道だって言ったのは、あたしの思考を読んだのか。それとも自分が女といることへの言い訳か。

まぁ、どっちでもいいか。



「…楽しかったか?」



家まではお互いに沈黙。あたしの家の前で、漸く財前が口火を切った。質問は少し遠慮がちにしているようにも聞こえる。

遠慮がちなんてのも珍しい。無遠慮を絵に描いたような奴のくせに。



「うん、すごく…」



自分でも驚くくらいに。こんなに手放しで楽しむなんて生まれて初めてじゃないか。そんな風に思えた。もしかしてそれは隣に財前がいたからなのか。



「何で連れてってくれたの?」

「…」



答える気はないらしい。ふいと違う方向を向いてしまう。


理由なんてないのかもしれない。ただの気紛れ。それだけかも。でも別にそれでも良い。楽しかったことに変わりはない。



「…ありがとう」

「ん…。ほなな」



ぽんとあたしの頭の上に大きな手を置いた。心臓がドキリと跳ねる。

いきなり財前が男のように見えたから。


手を離して背を向ける財前に無意識に手を伸ばした。触るなって言われてたから一瞬躊躇はしたけれど。財前の右腕のジャージをキュッと掴んだ。



驚いて振り返るけれど今までのように振り払ったりはしない。それがなんだか嬉しかった。

そして同時に悲しかった。多分あたしは財前の中では女というくくりにはいない。だから触れられても大丈夫なんだ。



「どないした?」

「あー…いや、何でもない。送ってくれてありがとう。おやすみ」



あたしは全てを悟られないようにさっさと家に入った。





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