物語の最後



物語の主人公には必ず王子様が現れるの。思い出してみて。シンデレラ、白雪姫、人魚姫、眠り姫……みんな主人公には素敵な王子様が現れる。

現実だって一緒。可愛い子にはイケメンが現れる。物語だけじゃない。


だから思うんだ、どうして私なんだろうって。可愛くもないし、美人でもないし、内向的だし、頭も良くないし。考えれば考えるほど侑士君がどうして私を選んでくれたのかはわからない。



侑士君と出会ったのは中学生の頃。

大阪から引っ越してきたらしくて、東京では珍しい関西弁を話す彼はとても目立っていた。そんな彼が学校一有名な跡部君にテニスで喧嘩をふっかけて、それからなんだか仲良くなってテニス部に入部したっていうのは有名な噂話。

そんな噂があったからもっと騒がしい人かと思っていたのに、いざクラス替えで同じクラスになってみると全然イメージとは違う人だった。

物静かで、クールで、かっこいい。さらに運動もできて頭もいい。そんな私にとっては高嶺の花のような存在だった侑士君。彼から告白された時は、信じられなくて思わず涙を流してしまったくらいだ。



出会ってから10年経った今、私たちはもう大人になった。侑士君はお父様と同じようにお医者さんになるために大学を出て、研修医をしている。私ももう社会人になって、後輩もいる。

大人になって環境も友人関係も変わったけれど、私たちの関係は変わってない。時々喧嘩したり、ヤキモチ妬いたりはしてきたけど、今だって恋人同士。けれどこの長いお付き合いの中でも、どうして私なんだろうって気持ちは消えることは無かった。



『自分やからええんや』



聞いたって侑士君はいつもこう言って頭を撫でるだけ。

私は物語の主人公じゃない。だからこんな王子様みたいな侑士君が現れるなんて思えないのに、はぐらかしてばっかり。



「名前、ぼーっとしてどないした?」

「あ、ううん!なんでもないよ!」



珍しくお休みが重なった一日。二人でのんびり過ごそうとDVDを見ていたら、そのままぼーっとしていて気づかれてしまった。

少し前に映画になった、ネズミーのシンデレラ。それを見ていたらまたどうしてっていう気持ちが出てきてしまった。だってシンデレラは最後にちゃんと王子様が迎えに来るんだもん。

でも、私はシンデレラじゃない。侑士君はいつまで私の隣にいてくれるんだろう。いつ夢は終わってしまうんだろう。



「嘘はあかんで。ほら、何考えとったんか言いや?」



そっと私をのぞき込んでくるその瞳には、決して怒っているとかそんな感情はなくて優しい光がある。いつだってそうなの。侑士君には嘘は通じない。なんでもない、なんてすぐバレてしまう嘘。



「侑士君はなんで私と付き合ってくれてるのかなって」

「またそんなこと言うてるんか。せやからいつも言うてるやろ、自分やからええんやって。何も不安になることないんやで、お嬢さん?」


隣に座っているからか、今日は私の肩に腕を回してそのまま引き寄せてくれる。侑士君によりかかるようにしていると、いつものように頭を撫でてくれた。



「でも、私は物語の主人公でもなければお姫様でもないのに、侑士君みたいなかっこいい人が選んでくれるなんて…」



ありえない、と言葉を続けようとしたら、私の肩に回る腕とは逆の手がすっと伸びてきて、その長く綺麗な人差し指が私の唇の動きを止める。

目線を上げて目を合わせると、侑士君は眼鏡越しのその目を細めて優しそうに微笑んだ。



「俺がかっこええかどうかは置いといて、」



唇に触れていた指は離されて、大きな手がするすると頬を覆う。



「そんなに言うんやったら、俺だけのお姫さんになってくれへん?」

「……へ?」



侑士君だけの、お姫様……?


意味がわからず、目を二、三回瞬いて見せれば、侑士君は優しい瞳のまますっと真剣な顔をする。逸らすことの出来ない視線がその真意を探るけれど、わからないまま静かに時間が過ぎる。

DVDはもうとっくにエンドロールに差し掛かって、セリフではなく音楽だけが流れていた。



「……結婚しよう」



侑士君は、それがまるで映画の一セリフのように言うと、切れ長の鋭い眼を柔らかく緩めた。

私が赤くなりながらも頷くことしか出来なかったのは、その言葉だけでお姫様にしてもらえたような気になったから。



その言葉は、魔法の言葉。女の子を、お姫様にしてくれる言葉。






綾さんのリクエスト「忍足侑士でプロポーズ」でした





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