銀の悪魔
傍から見ればお前らさっさとくっついちまえよとも思うのに、本人達は気づいてないのか、それとも気づいてて一歩踏み出せないのか。どっちでもいいけど、やっぱり俺は早くくっつけよと思う。
誰のことかって、そりゃ野暮な質問だな。きっと誰もが思ってるよ。あの赤也でさえもな。
「まーるーいー」
自分の席にいる俺を呼びながら背後から飛びついてくる女。よく言うなら活発で誰とでも仲良くなれる元気なやつ。悪く言うなら女らしくない。というか子供っぽい。
「ってぇな!お前は加減ってもんをしらねーのかよ」
そう、女らしくねーんだ。力は強いし、男にも今みたいに普通に飛びつくし。休み時間も男友達と校庭や体育館で遊んでる。こいつに女を感じることなんてほとんどない。あいつといるとき以外は。
「見て見てー!じゃじゃーん!」
そう言って後ろから俺の目の前に出したのはほのかに甘い香りが漂う小さな紙袋。それを手に取ろうと俺が手を伸ばすと、名字はさっとそれを上に上げた。当然俺の手は空を切る。
「何だよ、見せろよ。それ食いもんだろぃ?」
「およ、さすが丸井!匂いでわかったか」
にしし、と後ろから不思議な笑い声が聞こえて目と鼻の先で紙袋をぷらぷらと振る。勿論俺に後ろから乗っかったまま。
「ほらほらー、これが欲しかったら早く言えよー!」
「何をだよ」
俺、こいつに何か隠し事あったっけ。なんて考えてみたけど、当然そんなもんはない。それに隠し事目当てならこんな楽しそうにしないだろう。何だってんだよ。それよりいい加減俺から降りろっつーの。あいつが教室に帰ってきたら何言われるか…。
「なーにやっとるんじゃ、離れんしゃい」
「うぎゃ」
あいつこと仁王の黒ーい声と、俺の体がすっと軽くなるのとはほぼ同時だった。
「ブンちゃん、何してんじゃ」
あ、やべ。終わった。仁王のやつ、絶対怒ってんだろい。俺何もしてねーのに。
振り向けば冷ややかな目をした仁王が名字の襟を掴んでこっちを見ていた。そんな仁王を振り返って名字はきらきらした笑顔を向ける。
「あ、仁王!ほら、見て見て!」
仁王に紙袋を向ける相手を変えて楽しそうに聞く。名字は仁王と話すときが一番楽しそうで、一番嬉しそうな顔をする。そして、きっと一番女らしい。
「なんじゃ?」
目を細めてその紙袋をじっと見つめる。
「じゃーヒントね!今日は何の日だー?」
誕生日かなんかか。いや、俺にも仁王にも関係あるってことは違うか。俺らの共通点ってテニス部?でも最近別に何も祝い事はなかったしな。
「クククッ」
仁王がおかしそうに笑って名字の頭に手を置いた。どうやら仁王は名字がやりたいことに気がついたらしい。俺にはさっぱりわからねーんだけど。
「trick or treat」
発音よく言う仁王の言葉にピンときた。つまりハロウィンをやりたかったんだろう。名字は仁王の言葉でそれは心底嬉しそうに小さな紙袋からクッキーを取り出す。そして仁王に差し出した。満面の笑みを添えて。
「お菓子をあげるよ、仁王」
それを受け取って包みをあけた。そしてそれをくれた本人の口に放り込んだ。美味しそうにそれを咀嚼しながら仁王を見上げる。その名字の耳元に、銀髪の悪魔は近づいて囁く。
「仕方ないから悪戯するかのぅ」
周りには聞こえないはずなのに。俺には聞こえちまった。怪しく笑う仁王の口元と真っ赤になる一人の女の子。あーあ、これは二人の世界作り始めたかもな。ここ、教室のど真ん中だぜ。
「そーゆーわけじゃから、部活遅れるナリ」
真っ赤な顔をした名字を連れて教室をでていく。きっと後で会う頃には、やっとくっついてるんだろう。機嫌の良い仁王の姿が目に浮かぶ。でもその前に、
「はぁ…幸村君になんて言おう」
仁王の遅刻の理由を考えるので俺の頭はいっぱいだった。
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