真夏のドライヤー



「あーつーいー」



扇風機の前に佇み、子供がさながらにそれに向かって声を発しているのは言わずもがな、私である。

大学を出てから同棲を始めたどっかの誰かさんの健康思考とエコ思考のせいで我が家でクーラーをつけることはあまりないのだ。最初こそそれに反対もしたけど、今では私自身もあまりクーラーをつけようとは思わない。


そうなのだけれど。



暑いのだ。お風呂上がりのこの時間は。
どんなに扇風機をつけてそよ目の前で風に当たろうと、お風呂で火照った体は熱を引かない。



「こーら、名前」



パサッと上から降ってきたのは触り心地のいいタオル。洗剤の香りがふんわりと香るそれはきっと冬なら気持ちがいい。でも今は風を遮る障害物でしかない。



「何よー、蔵ノ介」



タオルを手にとって見上げれば蔵ノ介にそれを取り上げられて、また頭にかけられた。

だから暑いんだって。という意味を込めて首を降るけど蔵ノ介はタオルをどかしてはくれない。



「ちゃんと髪乾かさなあかんやろ」

「やだ。だってドライヤーしたら汗かくもん。暑いもん」



自然乾燥だって、夏なんだから風邪なんかひかない。それにこの部屋はクーラーだってつけてないんだ。そんな部屋でドライヤーなんか使ったら、せっかく汗を流したのに無意味になる。



「窓開けとるんやから涼しいやんか」

「そうだけど!!ドライヤーはやなのー」



濡れた髪を扇風機の前でがしがし拭きながら乾かしてますアピールをしてみる。ドライヤーなんかしなくたって扇風機で乾かせばいいもん。涼めるし、髪乾くし一石二鳥。


蔵ノ介はふぅっと息を吐いて私から離れていく。

だから諦めたかと思いきや、別の部屋からがたがたと聞こえて、そのあと名前を呼ばれた。



「なーに?」

「名前、おいで。しゃーないから乾かしたる」



ドライヤーを手にソファーに座る蔵ノ介。


あぁ、だめだ。おいでなんてそんな優しい顔で言われたら、私はやだとは言えない。

蔵ノ介の足の間に入り込んで、後ろから乾かしてもらう。
優しい手つきで頭を撫でられ、彼の指に私の髪が絡み付く。その手つきがすごく気持ちよくて思わず目をつむる。
さっきまでの暑さはどこへやら。蔵ノ介ならドライヤーで髪を乾かされても嫌じゃないんだ。



「あれ?名前、シャンプー変えたん?」

「よくわかったね」



ブォーっというドライヤーの音が耳元で鳴るなか、蔵ノ介の声が聞こえた。恐らくもうほぼ乾ききっている髪を最後の冷風で整えてくれている。そんなとこまで完璧な彼に私はご満悦気味に答えた。



カチッ



ドライヤーのスイッチを切る音がして、目を開けて、毛先を触れば完全に乾いている。さすが蔵ノ介。



「ありがとう」



お礼を言うと後ろから抱きつかれて動きが止まる。いや、これはさすがに暑い。



「蔵ノ介?暑いよ?」



すんすんと鼻を私の髪に押し付けて幸せそうに目をつむる彼はまるで犬のよう。暑いけれどそんな蔵ノ介の様子に私は本気で抵抗できずにいる。



「俺、この匂いめっちゃ好きやわー。毎日でも乾かしたる」



そう言ってまた私の名前を呼ぶから。




わたしは暑い夏にドライヤーも悪くないもんだと思ってしまう単純者なのである。








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