偶然





偶然って本当にあるんだね






昨年の春、部活の先輩であり、想い人だった先輩が卒業してしまった。


会おうと思えば連絡をとっていつだって会える。

でも先輩はきっと忙しい。


高校に行ってまたテニス部に入部したらしいということは聞いているから。



「部誌書いとけや」



白石先輩の後を継いだ財前は、白石先輩とは違うけれど、良い部長だと思う。


普段は優しくないけど実は面倒見良いから、鬼部長と言われながらも後輩には慕われている。



「えー面倒くさい。自分で書いてよ」



私は四天宝寺中男子テニス部のマネージャー。
部誌くらい書くのは当たり前だ。

でも白石先輩時代は、女の子が帰り遅くなるのはよくない、と言って白石先輩が書いてくれていた。
だから部誌というものを書くのは未だに慣れない。



「自分マネージャーやろうが。それとも金太郎の相手するか?」

「喜んで書かせていただきます!」



部室の外では金ちゃんが財前を呼んでいる。






「終わった」



30分くらいかけて部誌を書いて、ペンをぼいっと投げ出す。



「お疲れ」

「そっちもね」



部誌を片付けて、やっと金ちゃんから解放された財前と部室を出た時間はいつもよりかなり遅かった。



途中まで財前と帰って別れる。

地元の駅に着いて一人、家の方向に歩き出そうとした時だった。



「名前?」



はっとした。

だってその声は私の大好きな声だったから。



「白石先輩!?」



振り返るとそこには以前と変わらない笑顔の白石先輩がいた。

その姿は、1歳しか変わらないと言うのにやたらに大人びて見える。
中学では学ランだった制服も、高校はブレザーらしくてネクタイをしている。ネクタイを少し緩めに締めている首もとが妙にセクシーだ。



「偶然やなぁ。今日遅ないか?」

「はい、ちょっと部誌書いてて」



白石先輩は自然に私の隣に並んで歩く。
久しぶりの白石先輩で、すごく距離が近くて無駄にドキドキしてしまう。



「女の子がこんな時間に危ないで。送ってったる」

「え、や、いいです。白石先輩も疲れてるでしょうし。一人で帰れます」



出会えた偶然は嬉しいし、本当は少しでも長く一緒にいたいけど、迷惑はかけたくない。



「ほら、帰るで」



白石先輩は私の断りも無視して私の家の方へ歩き出す。

こうやって強引に送ってもらったことが何度かあるから白石先輩は私の家を知っている。



「名前と歩くん久々やな」

「そうですね。先輩、背伸びました?前より見上げてる気がします」

「そうか?そんな伸びてへんと思うけど」


きっと背だけじゃない。何もかも大きくなってる。

それともそう感じるのは私と白石先輩の距離が広がってしまったからなのかな。



「名前の背が縮んだんやない?」



冗談めかしく笑って私の頭を大きな手で撫でた。

白石先輩が触れたところが、熱い。

でも白石先輩の熱を感じてるはずなのに、どこか遠い存在に思えてしまう。


それは私が中学生で先輩が高校生だから?
学年は1つしか変わらないのに。



「先輩が、離れてくから、ですよ」



意味が分からないことを言ってると思う。

けどそれは事実。

白石先輩がどんどん大人になって私から離れて行ってるんだもん。
どんどん私たちの差が大きくなってるんだもん。



「こんなに、触れられる程、近いのに…か?」



頭の上にあった手がするするとおりてきて私の頬を包む。

白石先輩の顔はもう冗談を言っている顔ではなくて、テニスをしてる時のような真剣な顔。


そのまま引き寄せられて白石先輩の引き締まった体に抱き締められる。



私の頭は混乱してショート寸前だ。



「しら、いしせんぱ…」

「待っとるから」



白石先輩は小さく呟いた。



「俺が離れてもうたんなら、近づいてきてや。名前が来るの待っとるから」



そう言って体を離して私の耳元に近づく。

白石先輩の整った顔が真横にあって、ミルクティーブラウンの髪が頬をかすめる。



「その時までそのままの気持ちでおってな」



甘い甘い声で囁いて、いつの間にか着いていた私の家から引き返して行った。













戻る