昼休みにまた校舎裏に向かう。行かないって選択もあるんやけど、行かないと何されるかわからんから。また、いろいろ言われるんやろうな。



「偉いじゃない、ちゃんと来て」



昨日と同じ先輩ら。また昨日と同じことを繰り返される。うちはただぎゅっと手を握って耐えるしかない。



「何とか言ったら?」

「…」



言えばこの言葉の暴力が続くのはわかってる。せやからうちは下唇を噛んで目を伏せてただ黙る。
我慢や。我慢してれば終わる。



「だいたい仁王君はあなたのことなんて、…」



言葉を途中で切った。何でやろうって思って顔をあげると先輩らは目を大きく開けて、顔を青くしている。
泣きそうな顔でしどろもどろとしてる。何があるんや。



「あなたのことなんて、何じゃ?」



背後から突如聞こえた低い声。後ろを振り返れば冷たい目をした仁王先輩がいた。
ただその冷たい目はうちではなく、さっきまで散々に言っていた先輩らに向けられとる。



「早よ言いんしゃい」

「あ、の…」

「仁王先輩、ええんです。ほんまのことやから…。仁王先輩がもううちと居りたくないのわかってる、し…」



仁王先輩がうちを見た。けどそれでわかった。


仁王先輩やない。柳生先輩や。先輩らにはわからんでもうちにはわかる。



「ご、ごめんなさい」



先輩らは泣きながら謝って走って行ってしまった。うちらしかいないことを確認して仁王先輩、もとい柳生先輩の方を向いた。



「もうええですよ、柳生先輩」



柳生先輩は驚いたような顔をしてにっこり笑った。仁王先輩が笑ってるみたいで嬉しくなった。もうその笑顔が見れへんかもしれんから。


柳生先輩は元に戻して眼鏡をかける。仁王先輩の影はもうない。詐欺師から紳士の柳生先輩に戻った。



「やはり名字さんにはわかるんですね」

「まぁ…」



だって大好きやもん。わからんはずない。それに喧嘩中の仁王先輩が来てくれるとは考えにくいし。



「一つ訂正させていただいてもよろしいですか?」

「はい?」

「仁王君は貴女と一緒にいたくないなんて思っていません。彼はいつだって貴女のことを考えていますよ」



ずっと我慢してた涙が流れ落ちた。柳生先輩は泣いてるうちを宥めるように頭を撫でた。仁王先輩とは違うけどあったかい。



「本当は口止めされてるんですけれど、」



そう断ってから柳生先輩は話してくれた。


うちと喧嘩してから様子がおかしいこと。
部活もサボり気味なこと。
寝不足とボールに当たったせいで倒れたうちを心配して、柳生先輩になりすましてたことも忘れるくらい急いで来てくれたこと。
仁王先輩が柳生先輩にうちを助けるように頼んだこと。



「好きな女性のためでなければ仁王君がここまでする筈がありませんよ」



止まり始めてた涙が溢れ出す。こんなに、しかも人前で、泣いたのはいつぶりやろう。
つらくたって苦しくたって泣くという行為はうちにはなかなかできへんことで。周りに心配かけたらあかんから。


それなのに涙が止まらない。それはきっと仁王先輩が優しすぎるから。



「柳生先輩…今、仁王先輩どこに居るかわかります?」



手の甲で涙を拭う。無理矢理にでも涙を止める。仁王先輩に会うのに泣き顔で会うわけにはいかへんやろ。



「恐らく…屋上でしょう」



柳生先輩にお礼を言ってから走った。これ以上ないってくらい全速力で。


運動部でもないうちが全速力で走ったってそんなに速くはないんやけど。それでも一分でも一秒でも早よう仁王先輩に会いたいから。


屋上への階段を駆け上がる。苦しい。息が上がって、酸素を吸うのもままならない。
でもそれ以上に早く、もっと早く屋上につきたい。


うちは息を整えることもせずに屋上のドアを開けた。フェンスに寄りかかって蒼空を見上げる姿。


その髪は銀色で太陽の光できらきらしとる。ちょっと猫背気味の姿はまさしく仁王先輩やった。



「に…ぉ…せん、ぱっ…」



名前を呼ぶのもやっと。うちの肺は今酸素を欲しとる。ほんまなら喋ることもつらいけど、目の前に仁王先輩が居るのに黙ってるわけにはいかへん。



「名前…」



仁王先輩が名前を呼んだ。


あぁ、この顔や声、仁王先輩の全て。一週間くらいだけやのにもう何年も会ってないような。
やっぱり柳生先輩がなりすました仁王先輩とは違う。全然、違う。



「ごめ、なさい。ほんまに、ごめんなさい」



また涙が目に溜まる。流さないようにと必死にこらえるせいで仁王先輩の顔がぼやけてくる。



「仁王先輩…離れていかんで。仁王先輩がいないなんて嫌や」



うちは今どんなに酷い顔をしてるやろう。泣かない、ちゃんと話す、って決めたのに。泣きそうやしちゃんと話せてない。



「我慢せんでよか。溜めとるもの全部出しんしゃい」



仁王先輩はうちの頬を撫でた。一緒に涙が目から零れた。それからうちは切れ切れにやけど話しだした。



「仁王先輩が居らんくなる時が来るんやないかって、不安やったんです」



告白されとんの見るだけでも不安で。その不安に押し潰されそうで。



「信じてるのに、信じきれてなかったんです。一瞬だけやって他の子見てるんが嫌で。うちだけを見ててほしくて…」



うちは、ほんま重い女。仁王先輩を独占したい。仁王先輩に独占してて欲しい。仁王先輩をこんなにも好きなんや。



「我慢してたんじゃな…」



下を向いて泣き始めるうちの頭に温かい優しい手が乗った。そしてそのままその手は後頭部に周り引き寄せられた。



「すまん。不安にさせて、我慢させて。こんなに泣かせて」



うちは首を横に振った。仁王先輩が謝る必要なんてこれっぽっちもないんやで。
なのに、なんで謝るんや。なんでそんなに優しい。



「仲直り、じゃ」



顔を上げられてキスを落とされた。親指で優しく涙を拭ってくれる。仁王先輩の顔は笑ってて。また涙が出てきた。



「泣きすぎ。目赤くなっとる」



今度は瞼にキスをされる。涙が止まる。まるで魔法みたいに。



「仁王先輩、大好きです。一緒にいてください」

「当たり前じゃろ」



うちは仁王先輩に抱きついた。うちの体はすごく熱かった。