仁王先輩と喧嘩して5日。その間あまり眠れてない。


2日目までは部活が終わるのを待ってた。でも迎えには来てくれない。うちは仕方なく一人で家までの道を歩いた。


一人で歩く道は何や暗くて広くて寂しい。うちの家って案外遠かったんや、って気づいた。
いつも仁王先輩が送ってくれてあんまり一人で帰るってなかったから。その仁王先輩は今は隣には居らんわけやけど。


きっとめっちゃ怒ってるんや。謝りたいのに、怖くて仁王先輩に会えない。
さよなら言われたらどないしよう。冷たい瞳を向けられたらうちはきっとどうにかなってしまう。


まだ何とか笑えてる。せやけどそれもいつまで保つか。赤也が何も言わないとこを見ると仁王先輩に変化はないんやろう。
うちだけ、か。こんなに仁王先輩に会いたいって思ってんの。



「名字さん、何か呼ばれてるよ」



クラスメートに言われて見ると、知らない女の先輩ら。うち、何かしたっけ。
席を立ってその人たちについて行く。どこまで行くんや。


やっと立ち止まったのは校舎裏。あぁ、そういうことか。またベタなとこに呼び出されたなぁ。



「仁王君と別れたの?」



ストレートに聞かれて胸がぎゅっと握られた感覚がした。今はまだ別れてへん。
近い未来そうなる可能性はめっちゃあるけど。それを自覚するだけで泣きそうになる。



「…別れてませんけど」

「なんだ、もう別れたと思ってた。早く別れなさいよ。きっと仁王君もそうしたいと思ってる」



やっぱりそう思ってるんかな。早く別れたいって。うちはそんなん全然思われへんよ。できることならずっと一緒にいたい。



「仁王君は一人の女の子に執着なんてしないの。いつもそうだった。今回は少し長かったけど」



やっとだね、なんて言って笑い合う先輩たち。その気持ちわからんくもない。
好きな人が彼女と別れたら喜んでしまうんもしゃあないとは思える。でもうちらはまだ別れてないし、うちはそうしたくない。


先輩らがいろいろ言うのをただ黙って耐える。何か反論してもしゃあないから。もっと酷いこと言われるだけやもん。



チャイムが鳴った。やっと解放される。



「明日も来なさいよ。まだ言いたいことあるんだから」

「…はい」



先輩らはうちが頷いたのを見て去っていった。


頷くしかなかった。足がガクガクと震えて立っていられなくなる。そのままその場にへたり込んむ。気持ち悪い…。


深呼吸をする。大丈夫。大丈夫だから。絶対助けてくれる。大阪でも先輩らが助けてくれた。
だから大丈夫。今のうちには仁王先輩が、いるんや。



「授業、行かな」



立ち上がって本鈴が鳴る前につこうと走る。
あ、次体育や。せやったら教室行って体操服とって更衣室やな。うん、急がなあかんわ。



「名前ちゃん、何の呼び出しだったの?」



友達が心配そうに聞くものだから、うちは無理矢理笑った。だって心配かけたくない。



「委員会でな、何かあったらしいねん。せやから連絡」

「何だ。そっか、良かった」



上手く誤魔化せたみたいや。それ以上は聞いてこなかった。



「次Bチーム入れー」



先生に言われてコートに入る。今日の体育の種目はバスケットボール。うちはBチームや。



「名前ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」

「き、気のせいやって。平気やから!!ほら始まるで」



先生の笛で試合が始まる。うちのチームは割と強いらしい。まぁ、そらバスケ部居るしな。その子に任せてれば勝てるし。



「名字さん!!危ない」

「え…?」



振り返った時、殴られたような痛みと、誰かがうちを呼ぶ声がした。そこでうちの意識はきれた。





いつだったか、確か同じようなことを言われた気がする。蔵ノ介先輩たちと仲良くするようになった頃。



『可愛い後輩ぶってイケメンに近づいてるだけやん』

『早よ白石君たちから離れや』



自分が可愛えなんて思ったことないし、先輩らがイケメンやから近づいたわけでもない。
ただうちは財前とたまたまよう話すようになって、たまたま先輩らと知り合っただけ。
それで部活をたまに手伝ったりしてた。先輩らもうちを特別扱いしたりせえへんかった。


今、あの時と似てる。同じように部外者にいろいろ言われてる。でも前はこんなに傷つかなかったのに。
寝不足になったり、気持ち悪くなったりなんてしたことなかった。うちは元気が取り得の筈やし。


ぼんやりとうちの視界に光が入ってきて、そこに人影が見えた気がした。手が温かい。誰かに握られてるようなそんな感覚。
ここはどこやろう。誰が握ってくれてんや。もしかして…



「ん…にぉ、先輩?…あれ?」



だんだんはっきりとしてきたうちの視界には人影なんてなかった。
手を握っても何の感覚もない。手があったかかったんも気のせいか。



「あら、目覚めたの?」



次に目を開けた時にはうちは保健室にいた。


あれ?何でうち保健室に居るんやろう。授業は…あ、体育でボールが当たったんやっけ。今何時やろう。



「すみません、今何時ですか?」

「もう放課後よ。随分寝てたみたいだけど、寝不足だった?」

「…少し」



実はかなり。仁王先輩と喧嘩してからよく眠れてない。


眠ってる間手が温かかった気がしたんはやっぱり気のせいなんかな。キョロキョロと見回しても先生しか居らんし。
仁王先輩が居るんやないかって期待したうちがアホみたいや。今喧嘩してるんやから来るはずないやん。



「先生、うちが寝てる間誰か来ました?」

「切原君とその後柳生君が来てたわよ。柳生君、何だかとても取り乱してたけど」



柳生先輩が取り乱す?まさか…。期待してもええやろか。柳生先輩の格好をした仁王先輩が心配してくれたんやって。



「早く帰って寝なさい。きっと疲れてるのよ」

「あ、はい。ありがとうございます」



うちは寝かされていたベッドをでてもう一度先生にお礼を言った後、保健室を出た。