喧嘩、したことになるんじゃろうな。名前は泣きそうな顔で俺を1度睨んで走って行った。 思えば名前があんなに怒ってるのは見たことがないかもしれん。 赤くなって照れたり、泣きそうな顔をしたりは今まで何度もあったけど。名前は基本的には怒らないから。 きっとさっきのは名前の本音。不安だったなんて知らんかった。俺が名前にさよならなんて言うはずないのに。 「におー」 「今お前さんの相手する余裕ないんじゃけど」 「だからだよ!!わざとに決まってんだろ!!」 「最悪じゃ…」 みょうじがにこにこと気持ち悪い笑みを浮かべて近寄って来る。 データがとれるなら人の不幸を喜ぶとは随分質が悪い。参謀のが全然良い。 「で、喧嘩したんだって?」 「本当に耳が早いのぅ…」 「何したん?廊下で派手に喧嘩したって聞いたんだけど」 恐らく複数人に見られてる。その誰かから聞いたんじゃろう。きっとテニス部の奴らも聞いてるじゃろうな。 ほんと、最悪じゃ…。幸村あたりに何言われるか。 「プリッ」 「言えよ」 「言わん…というかわからん」 「何それ」 むしろ俺に教えてくれ。俺は何か不安を煽るようなことをしたんか。確かに名前は最近ぼーっとしてることが多かった。 その時点で何かあったって気づくべきじゃった。俺は何をした。思い当たることが何もない。 「仁王、気をつけた方がいいよ。こんなおおっぴらに喧嘩したんだからここぞとばかりにますます告白が増える」 告白か。人に好かれるのが嫌なわけじゃない。でも正直迷惑じゃ。 顔が格好いいだのと勝手に惚れて、自己満足で告白してくる。フられて泣いて被害者面して。俺も十分被害者ぜよ。 だいたい俺に彼女がいるのを知っていながら告白してくる意味がわからん。それに名前以外に好きだと言われても全く嬉しくない。 「仁王、呼んでるぜぃ」 丸井に言われてドアを見ると顔を赤らめた女子。見たことないから多分後輩じゃ。 「さっそくだな。ま、頑張んな」 「面倒じゃ…」 頭をガシガシと掻いて顔をしかめる。今は名前のこと考えたいのに。早く仲直りしたい。 名前に会えないだけでこんなにも弱る俺。情けないのぅ。 「仁王だけじゃない。彼女も気をつけた方がいいよ。あたしみたいに強くないだろ?守らないと今頃何かされてんじゃない?」 「は?」 「告白なんておとなしくうけてる場合じゃないっつの。彼女守らなきゃだろ。彼氏なんだから」 みょうじは少し暗い顔をして言った。俺はみょうじの言う意味がわからずに、俺を呼び出した女のとこに行く。 赤い顔のまま場所を変えたいと言うからついて行く。その間もずっとみょうじの言った意味を考える。 名前が今頃何かされてるってどういうことじゃ。誰に何を? 「仁王先輩、わざわざすみません。私どうしても伝えたくて」 「何じゃ」 我ながら白々しいのぅ。聞かなくたってわかってるのに。 「…好きです」 「俺には彼女がいるんじゃけど」 予想通り。だから俺もいつものように返事をする。 「知ってます。でも喧嘩してましたよね?私なら名字さんより仁王先輩と良い関係でいられると思うんです。私の方が…」 その先の言葉は俺の耳には入らなかった。 私なら?名前と俺が良い付き合いをしてないって?この女はふざけとるんか。俺たちは一緒にいたいから一緒にいる。 誰かにそれをとやかく言われる筋合いはない。 「やめんしゃい」 俺は目の前の女の口が止まるように、近くの壁を殴った。手に痛みがじんわりと広がる。 その痛みで冷静を保っているようなもので。まぁ彼女を殴らんかっただけましじゃ。 落ち着きんしゃい、俺。俺は詐欺師。こんなことで感情をコントロールできない筈がない。 「俺は、名前と一緒にいたいんじゃ。他の女に代わりは務まらん」 こんなに夢中になるのは初めてで。失いたくなくて。名前以外なんて考えられん。 「もういいかのぅ?」 俺はその名前も知らない後輩に背を向けた。 みょうじの言った意味が分かった。名前もこんなこと言われてるかもしれん、ってこと。 言われるだけで済んでればまだ良い。手を出されてるかもしれん。 守らなきゃ。でもどうやって。俺たちは今喧嘩してる。きっと名前はまだ怒ってる。 俺が何したのかわからないと解決しない。 名前に会いたくて。でも会えないままそれから何日か過ぎた。やっと会えたのは眠ってる名前だった。 . |