その女と出会ったのはチャイムが鳴る寸前、教室に向かって走っていた時じゃった。 俺は柳生の格好をしたまま自分の教室を目指していた。 教室に入る直前に戻せばええと思っとった。 階段を一段飛ばしで急いで登る。柳生がこんなことするのはありえん。 今なら簡単に詐欺を見破られるじゃろうと思うと少し笑えた。 誰もおらんと油断しとったんじゃ。 二階と三階の間の踊り場に出た時、何かにぶつかって俺は尻餅をついた。 一瞬何が起こったんか状況が判断できんかった。 「す、すんません。大丈夫ですか?」 女の声がして我に返る。 彼女は立ち上がって俺を心配そうに見た。俺が見上げると驚いた顔をして言葉を繋いだ。 「や柳生先輩!?何で?さっき上に行かはったやないですか」 誰じゃ、この女。柳生の知り合い? 関西弁の知り合いがおるなんて聞いてないぜよ。 どっちにしろ今は俺は柳生の格好をしとるんじゃから柳生らしく振る舞わなければ。 眼鏡を押し上げて立ち上がる。これは柳生の癖じゃ。 「貴女は?」 「はい!?」 目を丸く大きくする。反応から見るに柳生とはそれなりに親しいんか。 いや、でもそれなら俺が知らんはずはないじゃろ。 チャイムが鳴った。 「あぁ!!チャイム!!柳生先輩、また」 俺を通り過ぎて走り去る。俺も自分の姿に戻しながら教室に向かう。 今更走っても遅刻は遅刻じゃから走るのは止めた。 遅刻して教室に入ってもさほど咎められはせんかった。 いつものことじゃしの。 「仁王、どこ行ってたの?」 小さな声で聞く隣の席の女は、みょうじなまえ。 こんなにクラス数があるんに、腐れ縁でずっと同じクラス。 「みょうじには関係なか」 「あっそ」 長い付き合いもあって冷たくあしらっても、みょうじはそれを気にしない。 性格が少し男らしいみょうじは一緒にいても苦のない女じゃった。 「のう、みょうじ」 「何?」 「1年に関西弁の女っておるか知っとるか?」 みょうじは情報網がすごい。うちの参謀と並ぶくらいかもしれん。 「関西弁?知らないな」 ならあれは誰なんじゃ。 白くて小さくて目が大きい女。髪の毛は栗色で短い。活発そうな関西弁の後輩。 それしか情報がない。 それだけなのに俺の頭にはその姿がはっきりと残っとる。 あぁ、やられた…。好きかもしれん。 もう一度会えばわかる。会いたい。 |