いつも通り目を開けた。勿論それは目が覚めたから。けど次の行動はいつもとは違う。
いつもなら喧しい目覚ましを止めて、目を擦りながら起きるはず。
でも今日はうちはもう一度目をぎゅっと瞑った。


だって、だって!!目の前に仁王先輩の顔があるんやもん。それも寝顔!!
ちょっと状況把握ができひん。それはうちが寝ぼけてるからなんかな。
うん、きっとそうやな。よし、もっかい目開けてみよ。


そっと目を上げればやっぱり目の前には仁王先輩の寝顔。
切れ長の目は閉じられて。男のくせに長い睫が、運動部とは思えない程白い頬に影をつくっている。
薄い唇はいつものにやりという笑いはしてなくて。時折すぅすぅと息遣いが聞こえる。



「ぅ、ゎ…」



無防備な仁王先輩。きっとこんな仁王先輩を見たことがある女の子は少ないやろう。
仁王先輩はいつも何となく神経を張ってる感があるから。


なんや寝顔が可愛くてくすっと笑って、ベッドから出るために体を起こそうとした。
そこで気づく新事実。うち、今、仁王先輩に抱きしめられとる…!?


引き締まった細腕にしっかりがっつりホールドされてる自分。だからこんなに近いんや。
だいたいいつもの身長差ならうちの顔の前に仁王先輩の顔があるなんてあり得へんし。


腕をどかそうとしても寝ている仁王先輩は離してくれそうもない。くっそ、このままやったらうちの心臓が保たへんやない…。
ん?でも仁王先輩は今寝とるんやし、ちょっとくらい大胆になってもええかなぁ。


常日頃から触ってみたいと思っていた仁王先輩の綺麗な銀髪。今なら触るチャンスや。そーっと仁王先輩の頭に手を伸ばす。


遠慮がちに毛先に触るとさらっとした感触。
え、めっちゃさらさらやん!!染めてるからてっきりちょっとくらい傷んでんのかなって思ってたんに。まるで地毛みたいや。


もう少しだけ、ええかな。うん、まだ起きひんし。
そう思って今度は毛先だけやなくて頭を撫でるように触ってみた。まるでいつも仁王先輩がうちにそうしてくれるみたいに。



「ヤバ…」



めっちゃ可愛い!!男なのに。いつもは格好ええのに。もううちの頬絶対緩んどるって。



「何しとるんじゃ」

「うわゎっ」



その言葉と一緒に目がぱっちり開いた。それと同時にうちは手を引っ込める。
仁王先輩の目は眠たげやない。というかにやりとしてる。まさか、起きてた…?



「いつから起きてたんですか!?」

「んー?『ぅ、ゎ…』あたりから」



それって最初からやないか。もう最悪や。嫌われた。寝てる間に触る彼女とか絶対嫌やろ。



「で、何してたんじゃ」

「やー、えっと…」

「あー違った。何で触ってたんじゃ?」

「あ、はは…。もうみんな起きとるかなー」



もう誤魔化すしかない。話を変えるしかない。何とかうちの話術で、



「先輩らは起きてるかも。あ、財前は朝弱いから起きてへんかな。蔵ノ介先輩とか銀先輩は朝強そうやな。うん、仁王先輩も実は朝強かっ…」

「名前ちゃん?」

「…はい。すみません」



あぁ、うちにそんな誤魔化せる程の話術はなかった。ちゅうか相手が仁王先輩やったらそんなもんに何の意味もない。



「正直に言いんしゃい」

「ぁ…うー、えっと…。実は前から仁王先輩の髪とか…その、触りたくって…。ごめんなさい」



しどろもどろ。うわ、何やってんねん、自分。仁王先輩の顔見れへんわ。
嫌な顔してたらどないしよう。嫌いとか言われたらどないしよう。うちそんだけで泣けるで。



「くくっ…そんなことか。好きなだけ触ってよかよ」



うちの手を取って自分の頭に触れさせてくれる。ふわふわでさらさら。気持ちええ。
それに仁王先輩の銀髪はやっぱりきらきらしてて綺麗。



「頭弄られるって変な感じじゃな」

「嫌、ですか?」

「そんなことなかよ。染める時以外でこんなに触られんから変な感じ」



仁王先輩はくすぐったそうにして笑った。何や今朝の仁王先輩は可愛え。絶対うちより可愛えって。何や負けたーって感じや。



「染めてもろてるんや」

「姉貴にな。こういうの得意なんじゃ。そもそもこの色も最初は姉貴のいたずらからじゃし」

「でも似合うてます」



一緒の時間が増えれば増える程たくさんのことを知れる。髪の毛がすごく柔らかいとか。お姉さんが居るとか。
そんな些細なことやけど、それでもすごく嬉しい。多分それは仁王先輩のことやからやね。



「そろそろ起きるか」



部屋の掛け時計は7:30を指していた。もうきっと先輩らも起きてるはず。
仁王先輩の腕から抜けて起き上がる。それに続いて仁王先輩も起き上がる。と、いつもとちょっと違う仁王先輩。



「うわ、めっちゃレアや」



いつもの尻尾のような後ろ髪を結わえてない。そら寝る時くらいは外すんやろうけど。まさか見れると思わんかった。



「え?あぁ」



うちの視線に気づいて仁王先輩は髪を結わえる。そして上の方のちょこっとハネてるとこを手ぐしで直した。そしてうちの髪も手ぐしで直してくれる。



「ん。可愛い」

「んなっ!?何言うてるんですか、もう」



それだけで赤くなって、その顔を見られまいと自分の部屋を出る。



「おはよーございます」

「おはようさん」



ばらばらと挨拶が帰って来る。やっぱりみんなもう起きてる。うちらが最後や。



「あら、熱〜い夜やったんか・し・ら?」

「へ?」

「なな、なな何やねん、それ」



謙也先輩が顔を赤くしとうちを指差す。それを見て他の先輩らもうちを見る。そしてみんなにやにやする。



「仁王クン、ほんま大胆やな」

「そうか?そんなことないぜよ」



うちの後ろから現れた仁王先輩は本当に何でもないように答える。
謙也先輩が慌てる理由も、みんながにやにやする理由もうちにはわからない。何なんや、朝から。



「ほら、鏡」



未だににやにやしてるユウ君先輩から手鏡を受け取ってそれを見る。
そこに映るうちの左の鎖骨あたりが赤くなっていた。あれ、こんなとこぶつけたっけ?



「せせめて、隠すとか、」

「謙也さん、どもり過ぎッスわ。たかがキスマークの一つや二つくらいで」

「ききききすまーく!?」



うちは財前の言葉にもう一度鏡を覗き込んでその赤い跡を触る。キスマークってことは、ここに仁王先輩の唇が触れたわけで。
うわ、恥ずかしい。ちゅーか、いつつけたんや。寝る前は絶対ついてなかったはず。



「まぁ、恋人やけんそんくらいあっても不思議はなかね」

「んもぅ、二人ともラブラブなんやから」

「仁王先輩!!」

「名前は俺のって印じゃ」



仁王先輩はにやっと笑ってキッチンに入って行った。



うちはその場で真っ赤になるしかなかった。



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