「わざわざきてもらって悪いね、白石」

「いやいや、ええねん。俺らもちょうどどっかに申し込むつもりやったし」



どういうことなんや。2人は知り合い。握手をしてさっさと試合の準備を始める。


神奈川と大阪でどんな接点があるっちゅーんや。
あ、実はどっちかが引っ越して離れ離れになったとか。いやそんなん考えられへんし。



「なーに百面相しとるんじゃ」

「ひょぁ!!」



うちが奇声をあげると彼はククッと笑った。でもいきなり後ろから抱きつかれて耳元で囁かれたらこうもなるって。
そんなことされても許せるんは仁王先輩だけ。



「もう、吃驚したやないですか」

「名前…」



仁王先輩の腕に力が入って肩に仁王先輩の頭が乗っかる。ふわっとした銀髪が頬をくすぐった。
うちも仁王先輩の腕をぎゅっと掴む。



「ただいま」

「ん。おかえり」



久しぶりの仁王先輩の熱。少しでも早く会えたことが嬉しい。



「ラブラブしてるところ悪いけど、試合だよ」



幸村部長が仁王先輩を引っ張って行ってしまう。仁王先輩も苦笑いして渋々ついて行く。久しぶりやからもうちょっとくらい一緒にいたかった。



「へぇ、ほんまに付き合うてるんや」



通りすがりの財前がニヤリと笑った。この顔はまたなんかからかうつもりや。



「財前に関係なくやろ」

「ただこんな女らしない奴に惚れた人に興味あっただけやし。名字には勿体無いくらいのイケメンやな」



また…や。女らしない。うちには勿体無い。財前なんかに言われんでもわかってる。



「財前なんか早よ試合しに行け、アホ」

「言われんでも」



財前はラケット片手に行ってしまった。


財前がほんまにそう思ってるわけやないってわかってる。どうせいつもみたいに毒吐いてるだけや。
いつもなら適当に流せるのに。仁王先輩のこととなるとどうもうまくいかへん。



「名前」

「蔵ノ介先輩」



頭に手が置かれて見上げたら蔵ノ介先輩が居った。ほんまこの手は落ち着く。毒手やのに。



「仁王クンの試合見やんでええの?」

「相手は誰ですか」

「謙也と財前」

「見る!!」



仁王先輩が財前なんかに負けるわけないもん。
いくら謙也先輩がスピードスターやからって柳生先輩のレーザービームのが速いし。
2人が負けるなんてあり得へん。



「仁王クンと柳生クンやっぱり強いなぁ」

「そらそうですよ!!」

「ははっ。名前はほんまに仁王クンしか見えてへんのやな」



当たり前やし。にしてもやっぱ近くで見ると仁王先輩がテニスしてるんかっこええなぁ。
いつもは図書室から見てるから遠目やし。この人がうちの彼氏なんや。
ってもう2ヵ月も付き合ってて今更やけど。でも財前の言うとおりどこを好きになってくれたんやろ。



「ウォンバイ、仁王・柳生。7-5」



ほら、勝ったやん。でもまぁ、財前も頑張ったんやない。5ゲームもとるなんて思ってなかったし。



「仁王先輩お疲れ様です」

「…」



え…何で。今何で無視したん。漫画で言うならフイッって効果音ついてたで。



「仁王先輩!!」



部室の方向にスタスタ歩いてく仁王先輩をうちは小走りで追いかける。


うち何かしたっけ。試合中?いや何もしてへんけど。



「シカトせんでくださいよ」



やっと追いついて腕を掴んだ。仁王先輩は振り返ってうちを見下ろす。


うわ、いつになく不機嫌な顔。ちゅうか普通に怖い。



「仁王先輩…無視したら嫌や…」



あかん、泣きそ…。こんなんで泣いたらめんどくさがられてしまう。財前の言うように嫌われてしまう。



「…はぁ」



仁王先輩は溜め息をついた。やっぱり嫌なんや。でも理由もわからずに彼氏に無視されるん悲しいんやもん。



「本当に名前には適わんのぅ」

「え?」



抱きしめられて仁王先輩の体に包まれる。さっきまで試合してたからか仁王先輩の体熱くて。うちもその熱を感じて体温が上がる。



「…仁王先輩」

「なんじゃ」

「無視せんでください…」

「それは名前次第」



え、やっぱうち気づかないうちに何かしたんか。でも試合前は普通やったし。試合中はちゃんと仁王先輩のこと応援しとったし。



「名前見とるとイライラするんじゃ」

「え…」



それってムカつくってことだよね。何で?うちなんかした?



「泣きそうな顔しなさんな。そういう意味じゃなか」



うちは仁王先輩の背中に腕を回してしがみつく。


離さない。仁王先輩と一緒に居りたいもん。



「俺は彼氏なんに名字じゃし。妙にあいつらと仲良いし。白石とかに頭撫でられとるし」



仁王先輩がうちの後頭部を引き寄せた。うちの頭は仁王先輩の胸板にあたって、ドキドキという音が聞こえる。



「ムカつく…」

「…嫉妬?」

「…」



仁王先輩はうちから目を逸らす。うわぁ…嫉妬とか嬉しい。ちゅーか可愛い。だって仁王先輩やで。



「…悪い。わかっとる。あいつらに恋愛感情がないことくらい。わかっとるんじゃ」



仁王先輩はうちから離れてがしがしと頭を掻いた。そして背を向けて部室に行こうとする。
いやいや、待って。絶対勘違いしとるから。



「仁王先輩のアホ」



うちは仁王先輩に背中から思いっきり抱きついた。テニスウェアをぎゅっと握って離さない。



「嫉妬とか寧ろ嬉しいから。いつも仁王先輩余裕そうなんやもん…」



いっつもそう。余裕綽々な感じで笑ってて。常にうちを引っ張ってくれて。嫉妬なんかしそうにないのに。



「余裕なんかないぜよ。俺はいつもいっぱいいっぱいじゃ…」



カッコ悪いけどなって言って仁王先輩は笑った。そして仁王先輩のお腹付近にあるうちの手に自分の手を重ねた。
きっと今顔赤いんやろな。後ろからやからわからんけど。



「仁王先輩」

「なんじゃ」

「うちの…どこがそんなに好きなん?」



財前がうちみたいなのに仁王先輩が惚れる意味がわからんって。
うちも正直わからない。うち特別可愛いわけやないし。



「…教えん」

「えー」

「名前は?俺にだけ聞くんは不公平じゃろ」

「え…」



まさか聞き返されるとは思わんかった。
うちの仁王先輩の好きなとこ。かっこいいとことか、優しいとことか、宇宙語使って照れ隠しするとか、笑顔が可愛いとか…他にもいろいろ。
数を絞るなんて不可能で。何が好きって全部好きやもん。



「な、内緒」



うちは仁王先輩から離れる。絶対言われへん。全部好きとか恥ずかし過ぎる。



「じゃあ俺も」



仁王先輩は振り返って、大きくてゴツゴツした手がうちの頭を撫でた。


あ、この手も好き。関われば関わるほど好きなとこが増えていく。



「ちょっと部室行くから戻ってんしゃい」



仁王先輩は結局何も教えてくれずに部室に行ってしまった。




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