今日はクリスマス。世の中の恋人同士が一緒に過ごすんは必然じゃろう。なのに俺は… 「はぁ…」 「せっかく午後は部活が休みなのに残念ですね」 「んー」 部活が終わって着替えてたら無意識に溜め息が出た。隣のロッカーを使う柳生に声をかけられて俺は渋い顔をした。 名前に会いたい。 「しょうがねぇじゃん。あいつ今大阪だろぃ」 「…わかっとるき」 あぁ、ムカつく。名前に会えないことで既にイラついとるんに。丸井のこのにやにやした顔。 でも今はそんな丸井を相手する余裕を俺は持ち合わせとらん。だから俺より下にある丸井の頭をとりあえず軽く叩いといた。 「ってぇな」 「今のはお前が悪いだろ」 「ジャッカルは仁王の味方なのか!?」 丸井はジャッカル相手にギャーギャー騒いどる。うるさいのぅ。 「お先ッス」 まだ着替え終えてない俺らをおいて赤也が部室を出た。その顔は嬉しそう。 確かみょうじが赤也に誘われたとか言っとった。多分今日は一緒に過ごすんじゃろう。 「あーあ。赤也のくせにクリスマスを女と過ごすなんて生意気だよな」 「その女というのがみょうじなのは少々意外ではあるがな」 「そうかい?俺はお似合いだと思うけどね」 赤也は隠しとるつもりらしいが、真田以外には確実にバレとる。だってみょうじに会った時の赤也の反応がわかりやすいから。 「女子に現を抜かすとはたるんどるっ!!」 「今日くらいはいいじゃないか」 「む、しかしだな…」 立海テニス部のレギュラーは俺以外皆彼女が居らん。告白されたって断る。 真田の言うとおり普段は女に構っとる暇はない程、俺たちの毎日は部活漬けじゃ。 それが王者立海。 「まぁ、仁王は今日だけじゃなくていつもだけどね」 「…プリッ」 あながち間違ってはいない。 授業中だって部活中だっていつも頭にあるのは名前のこと。 今何の授業受けてるんか、とか図書室のあの席で部活見とるんかとか。 それはもう好き過ぎて言葉で言い表せないくらい。名前に俺以外考えられんようにしたい。 だからかもしれない、わざわざ夜に会いに行ったのは。あんな独占欲丸出しのプレゼントして。 名前と揃いのリングのネックレスが俺の胸元で光る。 正直これ買うんは恥ずかしいなんてもんじゃなかった。しかも名前入っとるし。 でも恥ずかしいとか考えてる場合でもなかった。名前と年明けまで会えない。 何でもいいから俺の証みたいなんを渡したかった。ちょっと大袈裟じゃけど。 「見せつけてくれるよ、ほんと」 幸村はネックレスを見て呆れたように、でもなんだか嬉しそうに笑った。 「会うことは叶わないとしても電話くらいしたらどうだ?」 「んー、そーじゃな」 俺だって柳の言うように電話くらいしたい。神奈川と大阪は遠いから会うことはできん。 でも声を聞くことはできる。文明の利器に感謝じゃ。 けどきっと大阪の親戚と楽しくやっとるんだって思うと電話だけでなくメールさえはばかられた。 連絡をとってないのはたった2日。されど2日。ひどく長く感じるのは俺だけ。 名前は俺に会えないことなんて、連絡がないことなんて、何とも思ってないんかも。 いつから俺はこんなにも女々しくなったんだ。 名前に会いたいとか、声聞きたいとか、触れたいとか。独占欲が止まらない。 電話をしてもいいか夜まで悶々と考えた。 ベランダに出て、冬の夜空をぼーっと見上げた。名前は今頃何してるんじゃろうか…。 冬だから勿論寒い。けどなんとなく外にいたかった。名前と同じ空の下にいるような気になれるからかもしれん。 電話をしようかしまいか携帯を開けたり閉じたり。何度も何度も繰り返す。 そのうちに画面がパッと変わって着信を知らせた。その名前を見て気持ちが晴れる。 「名前!?」 『仁王先輩』 携帯から聞こえるのは間違いなく名前の声。 「どうしたんじゃ?」 なんて冷静に返すけど、俺は既に冷静じゃない。名前からの電話が嬉しくて仕方ない。 『その…声、聞きたくて…。あきませんか…?』 恥ずかしそうに小さな声で言うから、その顔が赤くなっとるじゃろうことが簡単に想像できた。それだけで俺の頬は緩む。 「ふっ。よかよ。俺も電話しようかと思っとったぜよ」 『ほんまですか。良かった』 それから10分くらい話してた。この2日でお互いに起きたことを報告していた。 『…――名前』 『〜〜〜…』 『あ、仁王先輩ちょっと待ってください。―ちょっと、先輩らうるさいですって―すみません』 名前の声の後ろに男の声が聞こえた。名前がそれを注意する。今、男といるんか…? 『仁王先輩?』 「…」 クリスマスに俺以外の男といる。そう思っただけで胸がきゅうっと苦しくなる。ほんとに余裕ないのぅ。 『あ、ちょっと、せんぱ…―もしもし?』 「な!?」 急に電話から男の声がした。多分名前から電話を取り上げたんじゃろう。 『仁王って、立海の仁王クンで合っとる?』 「…そうじゃけど」 『おーやっぱりそうか!!俺が誰かわかるか?』 わかるわけがない。大阪に知り合いなんておらん。 『ってわかるわけないか。四天宝寺の白石っちゅーたらわかるか?』 「白石…」 その名を聞いて思い出す。中3の時の全国大会。そして去年のインターハイ。 「何でお前さんが」 『名前はもともと四天宝寺やってん』 また一人、名前を名前で呼ぶ男。白石がそうならきっと四天宝寺の奴らもそうじゃろう。ムカつく。 『仁王クン』 「何じゃ」 『名前のこと、よろしゅうな。あいつは俺らの仲間で家族やから』 白石が笑った。何だ、そうか。嫉妬なんかして馬鹿みたいじゃ。 あいつらは名前に恋愛感情なんかない。 「当たり前ぜよ」 『ま、お互いにベタ惚れみたいやから…って名前、待ちや。まだ話してんやで』 『もう携帯返してください!!―仁王先輩!?』 「名前」 電話口でバタバタと音がして、聞こえる声は白石から名前の声に戻った。多分やっとの思いで取り返したんじゃろう。 『蔵ノ介先輩が余計なこと言わへんかったですか?』 「…言っとらん」 名前は白石を名前で呼んだ。俺のことは“仁王先輩”なのに。 仲間だから?なら彼氏の俺も名前で呼んでくれんのか。 『あ、の…えっと』 「何じゃ?」 『メリークリスマス。…ま、雅治先輩』 「え?」 その言葉が聞こえてすぐに電話が切れた。携帯は通話時間を示して静かになっとる。 今俺のこと名前で呼んだ… きっと今名前の顔は真っ赤で白石たちにからかわれてる。あ、俺以外にからかわれんのも嫌じゃな。 名前はどうしてこんなに俺を狂わせるんだろう。どうしてこんなに好きにさせるんだ。 俺は名前にメールを送った。そしてその言葉をポツリと呟いた。 「名前、好いとうよ」 真冬の空に俺の声は消えていった。 俺は無意識のうちに胸元のリングを握り締めていた。 . |