憂鬱。 今まさにこの状態を言うんやろう。 だって今日はまだ仁王先輩に会うてない。 いつもなら会いに来てくれるのに。メールすらしてない。 何でなん!?会いたい会いたい… 「はぁ…」 「何溜め息なんかついてんだよ」 赤也が面倒くさそうに聞いてくる。 面倒なら聞かんでええのに。赤也なんかに頼んでないし。 「べっつにー」 「仁王なら今日は来ないぜ?」 「え!?ほんまで…って何でブン太先輩が居んねん!!」 仁王先輩が来ないっちゅうことに驚いて、何故かナチュラルにうちの隣の席に座るブン太先輩をスルーしそうになった。いきなり居るから吃驚したわ。 ブン太先輩はうちの驚きを余所にガムをパチンと音を立てて割る。 「ん?仁王探しに来た。ここにいないとなると、本気でサボるつもりみてぇだな」 「今日は仕方ないんじゃないッスか」 赤也も納得してんのは何でやろう。うちの頭は疑問符だらけ。 仁王先輩が授業をサボることと、うちの所に来てくれないことに共通点なんてないし。 「なぁ、何で今日は仁王先輩サボるん?」 「「は!?」」 うわぁ、二人とも間抜けな顔やな。って違う。そんなんどうでもええわ。 「お前それマジで言ってんのか?」 「名前は仁王の彼女だろぃ?」 「だから!!何なんや!!」 彼女やったら知ってなきゃあかんこと?それって何? 仁王先輩がサボる理由をうちが知っとるわけないやない。 「今日は仁王先輩の誕生日なんだよ」 「え…!?」 誕生日…って、ほんまなん? うち彼女失格やんか。彼氏の誕生日も知らんなんて。 「そんな青い顔しなくても大丈夫だぜ。今日は仁王と会わねぇし」 そっか会わないんやったら別にええか。ってんなわけない!! だって会わないって会えへんってことやろ。そんなん嫌や。うち仁王先輩に会いたいもん。 でもあったら誕生日が…あぁ。 「もし今日仁王に会った時のために良い言葉を教えてやるよ」 ブン太先輩はニヤニヤと笑って手招きをする。うちはそれに従ってブン太先輩に近づくと耳元でブン太先輩の声がした。 「プレゼントはあ・た・し★って言えばいいんだよぃ」 「なっ!!何言うてんですか!?」 うちの顔は赤くなる。だってそんなん言うたら仁王先輩ほんまに何してくるかわからんし。 「絶対ぇ喜ぶぜ」 「ふざけんといてくださいよ。仁王先輩絶対ひきます」 そんな小春ちゃん先輩みたいな言葉うちが言えるわけない。あぁ、あの人ならほんまに言うてそう、うん。 「仁王に会えるといいな。じゃあな」 ブン太先輩は楽しそうに笑って教室を出ていった。うちをからかって絶対楽しんどる。 「ほら、次移動だからいくぞ」 赤也に教科書で頭を軽く叩かれて、うちも教科書を持って立ち上がる。 移動中、階段を上ってる時に聞き慣れた声がした。 「あ、柳生先輩、みょうじ先輩ちわッス」 「これは、切原君に名字さん。こんにちは」 「こんにちはー」 見覚えのある女子生徒と話してた柳生先輩は笑顔を向けた。あ、この人仁王先輩の腐れ縁の金髪美人の先輩や。 ん?柳生先輩、なんや違う?いや気のせいか。 「おぅ、赤也」 軽く手を上げた金髪美人。なんちゅうフランクな挨拶なんや。柳生先輩が隣に居るから余計にそう見えるだけなんかな。 赤也は金髪美人に笑顔で会釈した。もしかしたら赤也の想い人はこの人かもしれへん。うちの第六感がそう言うてる。 「と?」 うちに視線を移す。 「名字名前さんです」 「あー仁王の彼女か」 柳生先輩が紹介してくれて納得したように笑った。 なんや口調からして仁王先輩の言うてた男女は強ち間違いやないらしい。 お転婆とも違くて男勝りっぽいし。 「あたしはみょうじなまえっての。まぁ、仁王の腐れ縁ってやつだよ」 だから安心しな、って言ってうちの肩に手をおいた。 「え、あの、はい」 うちの曖昧な返事を聞いてニカッと笑った後、教室に戻ると言って去ってった。 なんや嵐のような人やな…。ちゅうかだいぶ遠くから見てたイメージとちゃう。 「名字さん、少しよろしいですか?」 授業まであと10分弱。紳士柳生先輩がこんなギリギリの時間で言うからにはきっと大事な話なんや。 「はい、平気ですよ」 赤也が教科書を持って行ってくれるっちゅうから甘えた。 赤也は自分とうちの二人分の教科書を持って先に行ってしまった。 「どないしたんですか?」 「少し場所を変えませんか?仁王君のいるところにでも」 柳生先輩は仁王先輩の居場所を知っとるらしい。 やった、仁王先輩に会えるんや。あ、でも誕生日プレゼントどないしよう。 ほんまにブン太先輩の言っとった言葉いわなあかんくなる。それだけは絶対避けたい。 柳生先輩について行けば資料室にたどり着いた。ここはめったに使われない資料が保管されとる。 つまり人もめったに来ない。隠れるにはうってつけやろう。 資料室に入ると少し埃臭い空気が鼻をつく。こんなところに仁王先輩は隠れとったなんて。 「柳生先輩、仁王先輩ほんまにここにおる…んんっ」 うちの言葉は途中で遮られた。何故なら唇を塞がれたから。 一度柳生先輩の胸を叩いて抵抗したがうちは手を止めた。キスは次第に深くなっていく。 「ん…ふ…」 息がうまくできなくて声が漏れた。後頭部を押さえられて角度を変えながら何度もキスをする。甘くて熱くてとろけるようなキス。 うちはカッターシャツにしがみついて必死で酸素を吸う。 この人明らかに柳生先輩やない。このキスの仕方や唇の感触でわかる。仁王先輩や。 「…っはぁ」 やっと唇が離れた頃にはうちは肩で息をして柳生先輩の姿をした仁王先輩にもたれかかっていた。 ほんまに酸欠で殺す気か!! 「何で、柳生先輩の格好…」 「女が追ってくるからじゃ」 眼鏡を外して髪の毛をくしゃくしゃとする。ネクタイを緩めればいつものスタイル。 あぁ、やっぱり仁王先輩や。 「何でいきなり、キス…」 「名前不足で死ぬとこじゃった」 「…またそんなこと言うて」 「本気じゃし」 ぎゅっと抱きしめられてうちは何も言えなくなる。仁王先輩の匂いや熱に包まれた。 「仁王先輩、誕生日おめでとうございます」 プレゼントのことはしゃあない。やっぱりうちは仁王先輩に会いたかったから。会えて良かった。 「ん」 嬉しそうに笑った。 可愛え。 男にそんなん言うたら多分嫌がるんやろうけど、仁王先輩の笑顔はたまにほんまに可愛え。 「って言うても今日知ったからプレゼントとかはないんやけど…」 「そんなんいらん」 「え?」 うちからのプレゼントなんかもらいたくないゆうこと?まぁ、そらセンスええとかないけど彼氏にくらいあげたいやんか。 仁王先輩はうちからもらうん迷惑なんや。 「違う」 「あ、口に出てた…?」 苦笑いして気まずそうに仁王先輩に視線を向けると、軽く唇を重ねられた。 今日はやたらキスが多い。 「他の女の全部断るくらい名前が好きなんに迷惑なわけなかろう」 「ほんま…」 うちは途中で言葉を止めた。だって今、仁王先輩さらっと好きって言うた。 いつも好きなんてほとんど言わへんのに。 「名前は俺の側にいるだけでええんじゃ」 きっと今うちの顔は真っ赤。急にそんなん言うの心臓に悪い。 「でも、やっぱなんかあげたい」 「じゃあ―…」 “名前が欲しい” 耳元で低く甘い声がした。それだけでも心臓飛び出てしまうくらいドキドキなんに、内容がまた…。 「ななな何言うてんですか!!」 「プリッ」 もう結局ブン太先輩の言う通りになってるし。いや、うちから言うたんやないけど。 動揺しまくっとると仁王先輩は頭を撫でてくれた。 「冗談じゃ」 顔は何故だか嬉しそうやった。 この人絶対本気やった。 |