転校生ってのは必ずしも可愛い、カッコいいわけでもなくて。 うちは勿論そういう部類には入らへん。 そんなん自分でもわかってんねんけど、やっぱり初めは肝心やろ。 どうしても着飾ってしまうんが女の性分や。 「大阪から転校してきました、名字名前です。よろしゅうお願いします」 にっこり笑ってみるものの、その自分を想像するとほんまに気色悪いと思ったり。 きっとこんなん財前が見たらまた毒づかれるんやろうな。 なんて前の学校を思い浮かべる。 今日から2学期。 入学して半年たたずに転校なんていくらなんでも早いやろ。親が自由人過ぎて困る。 東京で暮らしてみたいという親の願望から引っ越しは決まった。 それなのに足を踏み入れた土地は何故か神奈川県。東京やないやんか。 ほぼ東京やからええってどんだけ適当やねん。 親のわがままに付き合わされたうちはあっという間に転校することになった。 せっかく先輩たちや財前と同じ学校入ったんに全く意味がなかった。 「名字はあの空いてる席な」 担任に言われて一番後ろの窓側の空席に座る。 お隣さんは突っ伏して寝とる。何や、つまらん。 しかも頭、ワカメやし。 「切原!!」 「はいぃ!?」 担任の突然の怒りの声にうちはびびる。 隣では切原と呼ばれたさっきまで突っ伏して寝とった男子が慌てて立ち上がった。 あぁ、切原くん言うんやな。ちゅうかこの頭ってセットなんやろか。 「出してないのお前だけだぞ。提出物出さないと放課後の自由はないからな」 ニヤリと笑った担任に隣の切原くんは青い顔。 放課後の自由がないってやっぱり居残りのことなんやろな。うちも気ぃつけよ。 しかし居残りってだけであない真っ青にならんでもええのに。 ホームルームが終わって担任が出て行くと隣はやべぇとか、殺されるとか騒がしく鞄を漁る。 鞄をよく見るとラケットバック。この人、テニス部なんや。 テニス部と思うだけでみんなの顔が思い浮かぶ。 蔵ノ介先輩、謙也先輩、小春ちゃん先輩、ユウくん先輩、銀先輩、千歳先輩、財前、金ちゃん。 思えばうちはいっつも彼らと居た。 先輩らにはめっちゃ可愛がってもらって、うちもみんなが大好きやった。 「やっぱりねぇよ」 切原くんは頭をがしがし掻いて困り顔。 提出物がないだけでそない困っとるってことはもしかして案外真面目くんなんやろうか。 じっと見とったら一瞬目が合った。ニコッと笑ってみたけど無視された。 切原くんはまだラケットバックの中を探しとる。 感じ悪い男やな。ワカメのくせに何やねん。 「ねぇ、名字さん!!」 周りに新しいクラスメートが集まって話しかけてくれる。 何や人気者になった気分や。 女の子と話すん久々やな。あの先輩らと居ると女の子はみんなうちのこと敵視しよるから。 クラスメートによると隣の席の切原くんは立海大付属テニス部で唯一の1年生レギュラー。 つまり相当上手いんやろう。 隣では切原くんがまた机に突っ伏しとった。 提出物は見つからなかったらしい。 「おい、赤也ー」 大きい声に振り返ると真紅の髪をしとる可愛い男の子がドアんところで誰かを呼んどった。 目は大きくてくりくりして、背が低め。風船ガムを膨らます姿はとても高校生には見えへん。 彼はまっすぐ切原くんの席まで来た。赤也って切原くんのことか。 「なんだ、丸井先輩ッスか…。何かあったんスか?」 「なんだってお前、せっかく俺が持ってきてやったのによぃ」 丸井先輩と呼ばれた小さな先輩は切原くんを紙束で軽く叩いて、それを机に置いた。 切原くんはそれを手に取って怪訝そうに見た後、次に一瞬で明るい顔になる。 「こ、これどこで!?」 紙束を持って興奮したように立ち上がって赤い先輩を見る。 横目で見ると一番上のページには切原くんの名前があった。 「部室に落っこちてたからよ。それ、今日提出だろぃ」 つまりそれは提出物っちゅーことやな。 そんでこの赤い先輩もテニス部。テニス部ってどこも派手なやつが多いんやろうか。 この赤い髪は校則違反と違うんか。 「丸井先輩、ありがとうございます!!」 「おー」 赤い先輩は笑顔で去っていった。 切原くんはというと、届けてもろた提出物を出すためか教室を出た。 「なぁなぁ、今の赤い髪の先輩って誰?」 「今のは丸井先輩って言って、天才的妙技で魅せる人だよ」 この学校もテニス部は強いらしい。天才的妙技って何やねん。 うちにも聖書やらスピードスターやらバカップルやら師範やらおったけど、またここも変なやつおるんやな。 「おいっ!!転校生ってどれだ!?」 ドタバタと走る足音と共に怒鳴り声が聞こえた。発したんは切原くん。 手には提出物を持ってない。ちゃんと提出できたんやな。良かったやん。 それよりどれって物ちゃうんやから、失礼や。 「お前か?」 「そうやけど…」 さっき自己紹介したやないか。聞いてなかったんか。 あんな笑顔もう一生せえへんで。自分、もったいないことしたな。 「来い!!」 腕を引っ張って立たされ廊下に連れ出される。 拉致か、拉致なんやな?あんまりにもうちが可愛えから一目惚れして、愛の逃避行やんな? 「違う!!」 「は?うちの心読ん…」 「全部口に出してんじゃねぇか!!」 うちの腕をやっと離して不機嫌に睨む。 腕が赤うなっとる。もうちょっと女の子に優しゅうできんのか、ワカメ 「ここから行けば1号館で中学。通称海志館。屋上庭園と3階に資料室がある」 指差す廊下は吹き抜け。 そうか、ここって中高大でつながっとるんやった。あっちが中学生の校舎なんやな。 って何でいきなり校内案内されてん。 それよりチャイム鳴るんやけど。転校初日から授業サボれ言うんか。 「他は後だ。もう授業が始まる」 切原くんは踵を返して教室へと歩いて行く。なんなんや、こいつ。 「ちょっと待って。何で案内してくれるん?」 「んなもん提出物出し遅れた罰だよ。だいたいアンタ誰なんだよ」 立ち止まって質問をしてくる。ほんまにうちの自己紹介聞いてなかったんや。 突っ伏して寝とったからやな。失礼極まりないわ。 だいたい他人に名前聞くときはまずは自分からやろ。礼儀なってないな。 しゃーないからもう一度自己紹介したるわ。 「うちは名字名前。あんたのクラスの転校生や」 「へぇ」 切原くんは適当に返事をしてまた歩き出した。自分から聞いといて興味ないんか。 まるで財前やな。あいつもいっつもそうやねん。聞いといてほんまは全然興味ないんや。 |