放課後、いつも通り英語と数学のプリントを渡された。


憂鬱や。今仁王先輩に会いたない。
でも仁王先輩が居らんと数学のプリントはできない。


図書室の指定席でプリントを広げてシャーペンを走らす。
仁王先輩のおかげで前よりは少しはできるようになったと思う。



「やっとるのぅ」

「あ、仁王先輩」



ほら、会うだけでこんなドキドキして。
平常心平常心。仁王先輩は彼女居るんやから。



「前より少し解けるようになったんですよ」



途中まで解いたプリントを見せて笑う。
ええんや。ただ好きなだけやから。叶わない片思いでもええ。
そうや、うちはファンや。そう思おう。



「そんなに可愛い顔しなさんな」



仁王先輩はうちの頭を撫でた。
彼女居るのに他の女にそんなん言ったらあかんやろ。
浮気とか誤解されたらあかんし。



「またそんな冗談。彼女さん以外にそんなん言うたらあきませんよ」



うちの言葉を聞いて仁王先輩はククッと笑う。



「俺に彼女なんておらん。何ならお前さんが彼女になるか?」

「だからそーゆうんあかんって。金髪美人の彼女さんと仲良そうにしてたやないですか」



うちは仁王先輩から顔をそらして問題を解くふりをする。
今仁王先輩を見てたら泣きそうや。



「あー、あれはただの腐れ縁じゃ。彼女なわけなかろう」

「ただの腐れ縁とあんな笑ったりしないし、頭撫でられたりしない。仁王先輩はあの人のこと…」

「黙りんしゃい」



低い声がうちの言葉を遮った。
いつもの仁王先輩では考えられないくらい低く、怒りのこもった声。
きっと冗談抜きでほんまに怒ってる。



「あれは男女じゃ。あれを女と見たことなんてないし、彼女じゃなか」



そんなにあの美人と付き合うてると誤解されんのが嫌なんやろうか。
あんな美人とやったら怒る要素全くないやん。



「それにしたって誰にでもそんなん言うたらあかん。ええ加減にしてください」



立ち上がって仁王先輩を強い瞳で見上げる。そして笑顔をつけ加えた。



「もう部活ですよ。うちにそんな冗談言うてないで行ってください」



仁王先輩をドアの方に振り向かせて背中を押す。
早く別れたい。涙を堪えて一緒にいるのはもう限界や。



「わーかった。行けばええんじゃろ」



手をポケットに突っ込んでドアを出た。それを見届けてドアに背を向けた。



「仁王先輩のアホ」



ギュッと手を握り締めて唇を噛む。
いつも冗談ばかりでほんまの気持ちなんかわからへん。
仁王先輩は詐欺師やからしゃーないんやろうけど。
ほんまにうちのこと可愛いって、彼女にしたいって思ってくれてたらええのに。



「誰がアホじゃ、誰が」



後ろから腕に包まれる。
それが仁王先輩なのは明白や。さっき出て行ったはずなんに。


腕の中は温かくて安心する。でも一緒に不安も押し寄せる。
うちはもしかしたらまたからかわれとるんやないかって。



「仁王先輩、早く部活に行かな」



引き剥がそうと仁王先輩の腕を掴んでも全くの無意味やった。



「部活より大切なこともあるんじゃよ」



そんなの彼らにはない。


立海テニス部は強くいるために部活を最優先しとる。
それくらい誰でも知ってんやで。



「離れてください。また冗談…」

「違う!!」



仁王先輩はうちの言葉を遮って、腕に力が入れる。
そして自業自得じゃな、って呟いた。



「お前さんが冗談じゃと思うんもわかるがの」



仁王先輩は詐欺師や。どこまでほんまかわからん。
またどーせうちのことからかってるんや。



「俺はお前さんが…好きじゃ」

「好きって…」

「名字が好きなんじゃ。…信じてもらえんか?」



仁王先輩、震えてる…?
冗談やなくてほんまなんかな。詐欺やないんかな。



「あの…離してください」



静かに言うと抵抗なく離した。
仁王先輩は目を伏せて自分を嘲笑するように笑った。



「信じられへんとかやなくて、目ぇ見て言うてほしいです。うちを好きやって」



信じたい。だから目ぇ見て言うてほしい。



「俺、そーゆうん苦手じゃ…」



頭を掻いて困った顔をする。それが可愛くてつい笑ってしまった。
仁王先輩は意味がわからなそうにうちを見た。



「適わんのぅ…」



ふぅっと息を吐いて、うちをしっかり目で捉えた。



「好きじゃ。俺と付き合いんしゃい」



そして仁王先輩はうちの応えも聞かずに抱きしめた。
そのせいで顔が見えへん。



「仁王先輩…」

「首を縦に振るまで離さんぜよ」



顔は見えへん。でも銀髪から覗く耳が真っ赤やった。



「はい、お願いします」



うちも笑顔で仁王先輩を抱きしめた。


めっちゃ好きやねん。詐欺師で冗談ばっかりな仁王先輩が。
こんなに人を好きやと思ったことないくらいに。