仁王先輩をうちは好きなんや。だから最近ドキドキしてて苦しかったんや。



「名字?」

「うひゃっ」

「お前さんは何でそう面白い反応するんかのぅ」

「ににに仁王先輩!!どないしたんですか」



仁王先輩はククッと笑ってうちの頭を撫でる。
幸村部長に変なこと言われたせいで緊張して喋れへん。



「それは俺の台詞じゃ。そんなに驚かんでもよかろう」



だって今話題に出てた人物やったから。しかも何で仁王先輩が1年のとこに。



「俺はちと赤也に用事じゃ」

「そうですか。さっきまで幸村部長と話しとったからびっくりしましたわ」

「幸村と?何を?」



いや、言えへん。仁王先輩のことですなんて絶対言えへん。



「な、内緒」



笑って誤魔化して教室に入る。
あのままやと口滑らしそうやったから。



「名前、ご飯食べに行こー」



教室に戻ったら友達に誘われて食堂に行くことになった。
弁当を持って友達と食堂に入る。
空いてる席を見つけてみんなで陣取った。



「あれ、仁王先輩じゃない?」



珍しそうに言う友達の視線の先には確かにあの目立つ銀色。
仁王先輩は普段人混みを嫌うからか昼に食堂に来ることはない。
だいたい屋上とか部室で食べとる。


その仁王先輩が今ここにいるんさえめったにないことなのに、もっと驚く。
なぜなら仁王先輩の隣に居るんはテニス部でも男友達でもなくて、女子やったから。


遠目からやからあんまりわからへんけど、多分結構な美人な先輩やろう。
仁王先輩が女子と居るなんて初めて見た。例えそれがクラスメートやとしても。



「あの人彼女かなー」



ニヤニヤと仁王先輩たちを見る友達はその女の先輩をじっくり見る。
背が高くて、でも仁王先輩と並ぶとお似合いで。髪は金髪と茶髪が混ざった感じ。
それやのにチャラチャラした感じやなくて、至って普通。


仁王先輩が女子の隣で笑っとるんなんて見たことがなかった。
でも今仁王先輩は多分自然体であの人の前にいてる。
現に今笑っとるし。


女の先輩が何か言って、仁王先輩は渋い顔をする。
そして彼女は仁王先輩の頭を撫でた。
仁王先輩はふてくされたような顔をしてその手を払いのけた。
照れ隠しにしか見えへん。



「仲良さそうだねーって、名前!?」



うちはとっさに立ち上がった。



「ごめんー、うち用事思い出したわ」


手早く弁当をしまい、食堂を出た。


辛くて悲しくて苦しくて。いろんな感情がごちゃ混ぜや。
仁王先輩には彼女居らんって幸村部長言うとったのに。


嘘やんか。あんなに美人で仲良さそうな彼女が居るやない。
せっかく好きってわかったのに、もう失恋やなんて。
早っ。こんなんスピードスターと張り合わんでええっちゅーねん!!



「帰ってくんの早ぇな」



隣の席のワカメ頭は訝しげな目でうちを見る。
その赤也には何も応えずに、鞄に弁当を突っ込んで教室を出た。


どこも行き先は決めてない。ただ今はテニス部なんて見たくもないんや。
って思うとると会うんやな、これが。



「名字?」

「柳生先輩、蓮二先輩」



優等生二人組に会って足を止める。軽く会釈をした。
ちゅうか何で今会うねん。ここで会うなら教室いた方がましやった。



「何かあったんですか!?」

「へ?何も…」



蓮二先輩の手がうちの頬に触れる。
拭うように手がスライドして、大丈夫か、と聞かれた。



「何故泣いているのです?」

「嘘っ!?うち泣いてん?」



慌てて頬に触れると濡れていた。
さっき蓮二先輩は涙を拭ってくれたんや。



「仁王関係の確率95%」

「仁王君に何かされたのですか?」



柳生先輩は心配してくれとるんやろうけど、言っても仕方ない。
うちが勝手に彼女の居る仁王先輩が好きなんやから。
勝手に泣いとるんやから。



「何も!!別に仁王先輩とは何もないですよ」



ブンブンと手を振って否定する。事実、何もないんやから嘘は言うてない。
仁王先輩関連ではあるけど。


「柳君、ハズれましたね。仁王君のことではないようです」

「そうか、すまなかったな」



ちょ、その顔!!絶対見破られとる。
だって蓮二先輩開眼しとる。テニス以外で普通しないやろ。



「何かあったら一人で悩まずに言ってくださいね」

「ありがとうございます」

「ではな」



二人は階段を上がって行った。見えなくなってほっと胸をなで下ろす。



「何やの、ほんま…」


次から次へと、仁王先輩仁王先輩って。
まるでみんなうちが仁王先輩を好きなの知っとるみたい。