最近仁王先輩がおかしい。
いや、もとからなんやけど。そう言うおかしさやなくて。



「名字はほんに可愛えのぅ」



最近やたらこんな冗談が多い。
冗談ってわかっとっても頭を撫でながら言われれば私の顔が赤くなる。
可愛えなんて言われ慣れない。温かい手に撫でられるのも然り。



「またそんな冗談止めてください。髪型崩れるし」



髪型なんてほんまは気にしてへん。
短いから綺麗に纏めたりしてなくて、よく言えば無造作やし。



「俺が直しちゃるき問題なしじゃ」



尚も頭を撫でる手を止めない。


何でうちこんなドキドキしとるんや。おかしい。
仁王先輩やで、冗談に決まっとんのに。半分くらい詐欺でできとる男なんやから。



「顔真っ赤ぜよ」



頬をつんつんとつつかれてうちの体温はまた上がる。



「う、うるさいわ!!」

「お前さんの方がうるさい。図書室では静かに、じゃ」



人差し指を口に当てる。その悪戯っぽい仕草が似合う。
図書室っちゅうても他の人殆どおらんやんか。


部活の前に数学を教えてもらうことがしばしばある。今日もそうやった。



「もう、ほら、部活始まるし。行ってください」



確かに時間はあと10分くらいで部活の時間やった。
着替え終わってジャージ姿の仁王先輩は多分普通に間に合う。



「本当じゃ。行ってくるとするかの」



隣の席から立ち上がる。



「数学やりながら待っとるんじゃよ」



ひらひらと手を振って図書室を出て行った。うちもそれに手を振り返した。


今日も送ってくれるんや。別に一人で帰れるのに。
どうせそんなん言っても危ないとか言って送ってくれるんやろうけど。


眼下のテニスコートに芥子色がパラパラと集まる。
勿論そこにはついさっきまでうちの隣に居った仁王先輩もいる。


部活が始まった。幸村部長が指揮をとる相変わらず統率のとれた部活。


あ、ブン太先輩と赤也が皇帝に怒られとる。
蓮二先輩見てるだけなんや、ってノート書いとるし。
幸村部長はジャッカル先輩と打っとるし、柳生先輩は多分仁王先輩に注意しとんのやろな。
仁王先輩めっちゃ面倒くさそうな顔しとる。


その光景を見てクスクス笑う。四天宝寺と違て厳しそうな部活なのに見てて楽しい。
四天宝寺なら…



“いやーん、財前きゅん素敵〜"
“小春、浮気か!?死なすど"
“先輩らキモいから止めてもらえます?"
“何で財前のが格好ええねん"
“なぁなぁ、帰りにたこ焼き食べてかへん?ワイめっちゃ食べたいねん"
“金太郎さんあかんて"
“自分ら無駄話多いねん!!部活中やで!!あと名前、千歳探して来てや"



四天宝寺のあれは本当に部活だったのかな。
何やずっと漫才してたみたいやったけど。楽しかったからええんかな。


立海は全然そんな楽しさないし普通なら見ててもおもんないはずなのに、先輩らを知るほど練習風景に夢中んなる。



「―…名字―…名字、名字!!」

「ほぇ?」



肩を揺すられる感じがして犯人を見る。仁王先輩が呆れ顔でうちの肩に手をかけてた。
状況の理解できないうちはぼんやりとする。


何で仁王先輩がここに居るんや。
部活は?あ、休憩時間か。あれ、でも制服やし鞄持っとる。
じゃあ逃げて来たとか。皇帝と幸村部長が怖すぎたとか。



「何言っとるんじゃ。部活はとっくに終わったぜよ」



また口に出しとったんか。
ちゅうか、へ?もう終わってるって…


言われて窓の外を見るともう空は赤から黒に変わろうと言うところやった。



「寝てた…?」

「みたいじゃな」



ニヤリと笑う仁王先輩の手には白紙に近い数学のプリント。



「いつから寝とったんじゃろうなー」



ペラペラとプリントを揺らす。
いつからやろう。途中までは起きてたんやけど。



「そんな無防備に可愛え顔で寝とると襲われるぜよ」

「可愛くない…」



っていつから見とったんや!?寝顔って寝顔って…。
あぁ、もう恥ずかしい。



「寝とるんわかってたんなら早よ起こしてくださいよ!!」

「プリッ」



仁王先輩は知らん顔でプリントをうちの鞄にしまう。
今夜はプリント終わらんくて寝れなそうやな。



「だいたい冗談でも可愛えなんて言ったらいけませんよ。うちやなかったら勘違いされますよ?」

「…」



一瞬、ほんまに一瞬やったけど、仁王先輩が悲しそうな顔をして笑った。



「仁王せんぱ…い」



一歩近づいて来て顔が近づく。
あかんあかんあかん。こんな格好ええ顔が近づいてきたら否が応でもドキドキするやん。


目を開けてられなくてキツく目を瞑る。



「勘違いしてくれてもええんじゃよ?」

「へ?」



耳元で低く甘い声で囁かれる。
吃驚して目を開けるともう仁王先輩はさっきの位置に戻っていた。



「あ…の…」

「どうしたんじゃー?帰るぜよ」



何もなかったかのように仁王先輩は背を向ける。
おいていかれへんように急いで筆記用具を鞄に突っ込んで後を追った。


もう、何なんや。自分がわからんわ。