英語が終わったのはやり始めて1時間後。
そこから数学を始めたのにまだ一問も解けていないまま30分が過ぎた。


どないしよう。チンプンカンプンってレベルでもない。何の記号かさえもわからへん。
無駄に文字を書いてみるもそんなんで解決するはずもなく時間は刻々と過ぎて行く。



「何しとるんじゃ?」

「ひゃっ!!」



急に耳元で声がして、仁王先輩がいた。



「可愛え反応じゃな」

「からかわんといてくださいよ」



いつ入って来たんやろう。
それより部活は?ジャージやなくて制服着とるってことはもう終わった?
いやいや、終わるには早すぎる。いつもより1時間は早い。
なら何で仁王先輩がここに居るんや。



「なーに百面相しとるんじゃ」

「や、何で居んのやろうって思って」

「今日の部活はミーティングだけぜよ」



なるほど、だから早いんや。
でもそれやったら何でうちんとこに仁王先輩は来たんやろう。
早よ帰れる日くらい帰ったらええのに。



「名字はまだ帰れんのか?」

「これ終わんないことには…」



トントンとシャーペンでプリントを指した。そこには無意味な文字の羅列しかない。



「数学?」

「苦手なんですよ」



口を尖らせると仁王先輩の綺麗な指が1問目の問題文をなぞった。
うちが手に持ってたシャーペンを取り上げてさらさらと迷いなくに解答を作る。
その字は斜め気味の綺麗な字。



「24じゃ」

「え?」

「答え」



1問目を指差す。仁王先輩の書いた字を見てもその過程はうちには理解できなかった。



「わからん?」



うちは正直にコクリと頷いた。



「名字って馬鹿だったんじゃな」

「せめてアホって言うてください」



仁王先輩は隣の席、つまり赤也の席に座った。そして机に肘をついてプリントを見る。



「教えちゃろうか?」

「ほんまですか!?」

「帰れんのじゃろ」



身を乗り出してさっきの問題を指す。自分の解答と照らし合わせながら答えまでの過程を説明してくれる。
仁王先輩の説明はわかりやすくてすんなりと頭に入ってくる。
さっきの解答スピードからしてきっと得意科目なんやろう。



「なんとなくわかったかも…」

「次解いてみんしゃい」



言われた通り次の問題を解き始める。教えてもらったのと同じように解けば何の苦もなく解けた。



「仁王先輩!!できた!!合ってます?」



解けたことに喜んで仁王先輩に聞く。だって数学の問題解けたとかうちには奇跡やし。
仁王先輩はうちの字を目で追ってにっこりと笑った。
その笑顔はいつもの詐欺のニヤリってもんやなくて、どきっとしてしまった。



「合っとる」



手が伸びてきて頭を撫でてくれる。しかもさっきの笑顔のまま。
仁王先輩の手は大きくて温かい。



「先輩、反則や…」



顔をそらして仁王先輩を見ないようにする。



「顔赤いぜよ」



今度はいつものニヤリっていう笑いでうちの頬を指でつついた。
恥ずかしなってその手を払いのけた。



「顔かっこええんですからそういう顔せんでくださいよ」

「ほぅ、俺のことかっこええと思うとるんか」

「当たり前やないですか。テニス部はホスト集団やもん」



ほんまにみんなそう。何でこうイケメン揃いなのか疑問に思うほどに。



「なんじゃ、みんなか」



残念そうに言って頬杖をついた。どんな格好しても様になるのは流石ホスト集団の一人。



「次の問題、早くやりんしゃい」



不機嫌そうにうちを見て3問目を指差す。
何で不機嫌?うち何か言うた?もしかしてホスト集団って嫌やったんかな。



「すんません?」

「何で疑問」



ククッと笑った。怒ってはないようやからまぁええか。



「前途多難じゃ」

「ほんまですね」

「…はぁ」



その意味が数学についてやないことにうちは気づかなかった。


仁王先輩に一問一問教えてもらいながらプリントが終わったんは下校時間ギリギリ。



「これ、出してきます」



うちは教室から走り出て、猛スピードで職員室に行く。
職員室で担任と数学の先生に提出した。



「おぉ〜、今日中に終わると思わなかったぞ」


数学のハゲ親父が豪快に笑う。否定できひん。
確かに一人やったら今日中には終わらんかった。仁王先輩が教えてくれたからできたんや。



「ん?この字は仁王のじゃないか?教えてもらったのか」



ニヤニヤと笑ってキモさが増す。
何やねん。想像しとるようなやましいことは何もないし、普通に教えてもらっとっただけや。
ちゅうか字だけでわかるって仁王先輩どんだけ有名人やねん。



「先生より教えんのうまかったわー」

「はい、毎日プリント渡すからな」

「ひぃっ!!」



笑顔で言われたのは滅びの言葉。毎日数学なんてやってられへん…。



「仁王と仲良くな」

「そーゆーんと違います!!」



終始ニヤニヤを止めへんかった先生に訂正を入れて仁王先輩を待たせとる教室へ走る。


仁王先輩は赤也の机に座って携帯をいじっていた。
なんやそれだけでもカッコよくてつい声をかけるのを止めてしまった。


「遅かったのぅ。時間過ぎたぜよ」

「あ、や、すんません!!」



うちに気づいて顔を上げると携帯をしまう。自分のラケットバックを持って、うちに鞄を渡してくれた。
鞄を受け取ると、急に恥ずかしなってすぐに顔をそらす。



「何慌てとるんじゃ」

「いや、何も!!か、帰りましょ!!」


アカンアカン。先生が余計なこと言いよるから意識してまうやんか。
仁王先輩とはそんなん違う。好きとかないし。



「言ってみんしゃい」



後ろから腕を掴まれて背を向けたまま固まる。



「何もないですって」

「言わんと離さん」

「くっ…言います!!言えばええんやろ!!」



こうなりゃやけや。一回言えばええんやから。ぱっと言うてしまおう。



「先生に仁王先輩に教わったって言うたら、仲良うせえよって言われてちょっと気にしとっただけです!!」

「は…?」

「さ、言いましたし帰りましょう」



仁王先輩の手を振りほどいてうちは廊下にでて走った。
恥ずかしすぎて顔が熱い。何で本人にあんなこと言わなあかんねん。告白したみたいやん。
しかも言い逃げしてしもたし。


下駄箱まで走って息をついた。息を大きく吐いて整える。
やっと落ち着いてきた時に仁王先輩が追いついた。



「急に走るんじゃなか。帰るぜよ」


良かった。普通や。さっきの全然気にしてないみたい。
うちらは並んで歩き出す。もうそれは日常になりつつあった。
週の半分はテニス部と帰ってるから仁王先輩と歩くのも慣れたもの。



「あんなことで照れるとはお前さんは可愛えのぅ」



ケラケラと笑ってうちの頭を撫でる。そういう行動が意識させるんやって。


「だって、仁王先輩が格好ええから…」

「誉められても何もやらんぜよ?」

「狙うてませんわ」


格好ええのはほんまのこと。
仁王先輩を見上げれば、綺麗な銀髪が風に揺れ、整った顔は可愛い笑顔で笑ってた。