M.Nior said







部活が午前で終わって暇になったから一人でふらふらしてた。
ゲーセン行ったり、CDショップ行ったりして時間を潰してたら見てしまったんじゃ。


危うく持っていたテニスバックを落としそうになって、とっさに手に力を入れた。
俺の視線の先には新しくできたと噂のケーキ屋。
それ自体は何ら問題はなか。そうやのうて中にいる2人が問題じゃった。


丸井と名字が楽しそうにケーキを食っとった。見間違いじゃないかと思って一度目をきつく瞑る。
見間違いであってくれ。あんなデートみたいなの…。


恐る恐る目を開けて見てもやっぱりそれは丸井と名字。
2人から目が離せなくてじっと見つめて唾を飲んだ。
何を話してるかはわからんが名字は楽しそうに笑っとる。その笑顔は勿論俺に向けられるものじゃない。


しばらく見てたら名字がケーキをフォークに乗せて丸井に食べさせた。
まるで恋人同士のように。


間接キスだとかそういうんを気にするんやなくてただ悔しかった。


思えば名字は丸井を名前で呼ぶし、丸井も名字を名前で呼ぶ。
いつからかは知らんし別に気にもせんかったが付き合い始めたからだったのかもしれん。
名字は参謀や赤也も名前で呼ぶけど、丸井はそれとは違うんじゃろう。



「はぁ…」

「あんたは今日一日で何回溜め息つけば気が済むの」



隣の席のみょうじがめんどくさそうに俺を見る。いつもなら何か言い返すとこじゃが今はそんな気分にもなれん。



「何かあったの?」

「女盗られた」

「…は?」



机に顔をついてみょうじを見る。みょうじは目を白黒させて俺を見返す。



「お得意の詐欺かよ」

「そうじゃったらええんじゃけどな」



俺の言動から詐欺じゃないことを悟ったのか立ち上がる。
どうやら移動するつもりらしい。



「傷心の仁王君には何か奢ってやろう」



財布を見せて歩き出す。さしずめ情報料ってとこじゃろう。
断る理由もなかったからみょうじについて食堂に行く。



「で!?」



食堂で席につく。情報料は結局ミルクティーになった。
多分、単に自分が飲みたかっただけじゃろう。


俺はそれを口に含みながら昨日見てしまったことを話す。



「ケーキ、あーんってしてた…」



俺の脳内に昨日見たままの映像がフラッシュバックする。


「丸井か」

「何でわかるんじゃ…」

「仁王が落ち込む相手、かつ、ケーキ好きな奴」



指を一本ずつ上げて理由を言う。
確かに普通なら奪われたところで奪い返せばええ。
俺がそれをできないのはテニス部くらい。テニス部相手じゃ靡かない女も多いから。
そしてテニス部でケーキ好きと言ったら丸井しかおらん。



「そーか、そーか。仁王雅治、人生初失恋ってやつか」



ケラケラと笑って楽しそう。多分本当に楽しんどる。
でもそう言われてみればそうかもしれん。失恋なんてするほど俺は恋を今までしていない。
それに相手を惚れさせるのなんて簡単じゃ。だから俺は都合の良い恋しか知らない。



「諦めんのか?」

「さぁのぅ」

「教えてくんないんだ」



正直俺は自分でもわからん。諦めてしまうのはきっと簡単だ。
気持ちを偽るのなんて俺には然したることではない。
でも諦めたくないって思っとる。出会ってまだ1ヵ月しかたっていない名字に俺は相当嵌ってる。



「うまくいかんもんじゃのう…」

「恋愛なんてそんなもんでしょ。せいぜい頑張んなよ」



ニヤリと笑ってみょうじは立ち上がって食堂を出て行った。
全く、読めん女じゃ。


俺はまだ暫くそこに座ってこれからどうするか考えてた。
確かめてみんことにはわからん。あの光景からして8割方付き合っとるだろうが、そうじゃない可能性だって0じゃない。


確かめる方法…あぁ。



「柳生、すまん…」



ちょっと柳生の姿を借りるとするか。





放課後、部活の前に名字を訪ねた。柳生の姿でじゃけど。



「名字さん」

「柳生先輩…?こんにちはー」



1年の教室に柳生が来たことに驚いとるんか、自分が呼ばれたことに驚いとるんかはわからんが、俺を見てキョトンとした顔をする。



「少しよろしいですか?」

「ええですよ」



名字を連れて教室を出る。周りの女子が興味津々という目で見とる。
柳生が事務的用件以外で女子に話しかけるんはそれほどに珍しい。



「名字さんはお付き合いしている男性などいらっしゃいますか?」



少し人が少ないところまで来て単刀直入に聞いた。柳生なら回りくどい言い方はせずにきっとこう言う。



「はぃ!?何で急に?」



相当驚いたのか名字は目を白黒させていた。



「友人が日曜日に、名字さんが丸井君と一緒だったのを見かけたらしいので」



ぶっちゃけその友人て俺じゃけど。そして柳生は全く知らんはずじゃ。



「あぁ、それですか。ちょっとしたデートです」



デート…
つまりやっぱり付き合うとるんか。名字んこと諦めなくちゃいかんかな。



「それでは…」

「いやいや、付き合うてはないですよ。ブン太先輩はお兄ちゃんみたいなもんやし」



じゃぁ、2人は付き合うてない?



「大阪でも先輩らとそんな感じやったんです。めっちゃ仲良くて」



嬉しそうに前の学校のことを話す。きっと本当にそいつらのことが好きなんじゃろう。
もしかしたらその中に恋愛対象の男もいるかもしれん。



「せやから今は付き合うとかそんなん考えてません」



脈なし、か。俺のこともそんな風に見とらんのじゃな。
でもとりあえずは誰とも付き合うことはない。なら俺に惚れさせればいい話ぜよ。



「そうですか。変なことを聞いてすみませんでした」



俺は柳生の紳士スマイルで名字に礼を言った。