それからうちはずっと気分上々やった。何でってそれはテニス部の練習が見れるから。
まともにテニスを見なくなってもう1ヵ月がたってる。
8月に入った後、引っ越しの準備が忙しくて、顔出せへんかったし。


自分自身テニスはできないものの、フェンスの向こうの彼らの雰囲気は伝わってきて、それがやけに楽しく感じた。
四天宝寺のみんなが楽しそうにテニスをする姿がうちは大好きやったんや。
普段はアホな先輩らもみんな、そこでは輝いて見えて、それがカッコ良すぎて。
そんなテニス部は他にはきっとないと思った。あそこは唯一無二の場所やろう。


でもそれ以来うちはテニス自体が好きになった。見ていて伝わる緊張感や緊迫感がたまらない。
だからここでテニス部の練習を見るのが楽しみだった。
そんなうちが授業に集中しとるはずもなくて。今日の授業でどんなことをやったかなんてちっとも覚えへんかった。


覚えてることと言ったら、切原くんが授業中ずっと寝てたことくらい。
授業が終わって隣の席を見ると、切原君は既にドアのところにいた。
どんだけ行動素速いんや。ついさっきまで寝てたはずなのに。謙也先輩並みや。


部活が何時から始まるか知らないうちはできるだけ早う行くしかなかった。
朝行ったテニスコートに足を向ける。テニスコートの周りには何人か同じように見てる人が居た。
もうラケットを持って初めてる部員がいて、それは丸井先輩と黒人さんだった。その隣のコートでは糸目さんと女みたいに綺麗な人がラリーをしてた。
まだ部活は始まっていないだろうにそれぞれのラリーはハイレベルだった。遊び程度で打ってるのか、時折笑い声も聞こえる。


でも何や四天宝寺とはやっぱり違うんやなって思った。例えば小春ちゃん先輩やユウくん先輩やったらお笑いテニスとか言って漫才初めてまうし。


それから真田先輩と切原くんが来て、知った顔が増えていく。
まだ柳生先輩と仁王先輩の姿はない。



「練習見に来たんじゃな」



後ろから声がして吃驚しながら振り向くと、銀髪を結わえた仁王先輩が居た。



「行かんでええんですか?」

「まだ部活の時間じゃなか」

「そういう問題なんや」

「そういう問題じゃ」



仁王先輩はよくわからない。部活の前だって普通打ってるんとちゃうの。
テニスコートに既にいる人たちは交代で打ってるのに。



「嫌いなんじゃ」

「何がですか?」

「プリッ」



意味わからん!!誰かこの人の言語を日本語に直してください。
それともいつも一緒に居る部員たちはこれで伝わるんかな。



「図書室の窓際の左から2番目の席」

「はい!?」



仁王先輩の言語には意味なんてないのかもしれないとさえ思えてきた。
どないしよう、この人きっと変人や。



「あそこからコートよく見えるんじゃ」



振り返って目を細めて見る先は確かに図書室の方向。
そして太陽が眩しいかったのかパチパチとまばたきを何度かしてうちに視線を戻した。



「外は暑いからのう」



うちの頭をくしゃくしゃと撫でてテニスコートに入っていった。
頭に触れた手がちょっと蔵ノ介先輩に似ててどきっとした。別に蔵ノ介先輩が好きやったとかそういうんとは違くて、ただあの優しさを思い出したから。


とりあえずやっとあの人の言わんとしとることがわかった。
暑いから涼しい図書室で見てろっちゅうことやったんか。
だから席まで指定してよく見える位置を教えてくれたんや。


言われた通り一度コートを離れて図書室に向かった。
途中でこれから部活に行くであろう柳生先輩に出会った。柳生先輩とは何故かよう会う気がする。



「そんなに走ってどこへ行かれるのですか?」



朝、うちが練習を見に行くって言うてたのを聞いていた柳生先輩は不思議に思ったんかもしれん。
うちが走ってる方向はテニスコートとは逆方向やったから。



「あぁ、ちょっと図書室に」

「仁王君ですか」



納得したのかにっこり微笑んだ。
仁王先輩と柳生先輩はダブルスを組んでるってクラスの人が言っとった。さすがにダブルスを組んでるだけあってあの宇宙語もわかるんやろう。



「彼は涼しいところを探すのが得意ですからね」

「そうなんですか」

「仁王君自身、暑い所が苦手ですから」



あの嫌いなんだってのは暑さのことやったんか。
テニスが嫌いとか仲間が嫌いとかそんなんじゃなくて、ただ暑いのが嫌だっただけなんや。


柳生先輩は軽く挨拶をして階段を下りていった。うちは逆に階段を上がって図書室に入る。
ぱっと見た感じ、10人も人が居らん。
仁王先輩に言われた通り、窓際の左から2番目の席に座った。


途端に視界が開けて景色が広がる。青い空に白い雲、住宅街もあるし、駅も見える。
この街を全部見れているような気がして自然と笑みがこぼれた。


そして目的のテニスコートはほんまによう見える。多分この席がコートのど真ん中の上なんやろう。


部活はもう始まってる。赤やら銀色やらが動いてる。
それは楽しいというより効率のいい、統率のとれた部活。
これが部活ってもんなんやろなーって思う。四天宝寺は良い意味で異色やし。
あれでも強いんはみんながテニスを好きだから。


しばらくしてゲーム形式の練習が始まった。今日はダブルスの練習日らしい。
2コートはダブルス、1コートはレギュラー以外。多分そんな感じだ。


1つは皇帝&切原くんと知らない2人。もう1つは柳生先輩&仁王先輩と丸井先輩&黒人さん。
振り返った銀色と目があった。仁王先輩はじーっとうちを見てニヤリと笑った。
まるで見てろよとでも言わんばかりに。


柳生先輩が仁王先輩に近づいて何か話す。
そして柳生先輩は眼鏡を外して髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
そこに現れたのは茶髪の仁王先輩で。



「っはぁ!?」



つい大きな声を上げて立ち上がる。周りの人は迷惑そうにうちを一度睨んだ。
恥ずかしなって慌ててすぐに座る。


何で仁王先輩が二人!?おかしいやん。
ドッペルゲンガーやあるまいし。うちの目がおかしいんかな。


まばたきを数度して二人の仁王先輩を見て、やっと事情が飲み込めた。
つまりやな、仁王先輩が柳生先輩で、柳生先輩が仁王先輩やったってこと。
お互いに自分の姿に戻った二人はまだ何か話しとる。


これが仁王先輩が詐欺師と言われている由縁なんや。
入れ替わるなんてほんまに詐欺や。


今度はおそらく本物の仁王先輩がこっちを見て誇らしげに笑っていた。
してやられたわ。