「名字さん?」

「あ!柳生先輩」



校門でラケットバックを持った柳生先輩と出会う。本日三回目や。
ラケットバックを持ってるとやっぱりテニス部なんやなぁって思う。



「まだいらしたんですね」

「えーっと、はい…」



居残ってたなんて言われへん。格好悪いやんか。



「柳生先輩は部活ですよね」

「はい。名字さんは切原君とお勉強でしたか?」

「うわ、何でそれを!?」



居残りは知られとったらしい。クスクスと笑いながら聞かれて恥ずかしくなる。



「真田君情報です。」

「あぁ、皇帝…」



あのおっさん、柳生先輩に余計なこと言わんといてや…。めっちゃ恥ずかしいやんか。
それより柳生先輩は何でこんなとこに一人で居るんや。普通部活終わったらみんなでワイワイ帰るもんと違うんか。
もしかして彼女さんと帰るとか。



「残念ながら違いますよ。」

「なんっ…」

「口に出てます。」



柳生先輩は笑顔のまま。
またやってしもた。考えとること口出てしまうんは悪い癖やな。
財前によう言われとったんに。



「私は今日は急いで帰る用事が…」

「柳生!!」



うちの後ろから柳生先輩を呼ぶ声がして振り返った。
走ってこっちに向かうその人もラケットバックを持っとった。


長い銀髪を結わえて、それを尻尾の如く揺らし、テニス部とは思えないほど肌が白い。
背が高くて、顔は整っとる。何か独特のオーラを持つ彼はきっとモテるやろう。



「あぁ、仁王君。」



仁王君と呼ばれた銀髪は柳生先輩の前、つまりうちの隣で止まった。



「忘れもんじゃ」


ぽいっと投げたものは携帯だった。
柳生先輩は器用にキャッチして驚いた顔をする。



「すみません。ありがとうございます。」

「おまんにしては珍しいのう」



え、この人まさかおじいちゃん!?
“じゃ”とか“のう”って何や。こんな見目麗しい顔してまさか中身はおじいちゃんなの!?



「方言ですよ。仁王君は西の出身ですから。」

「あぁ、なるほど。ってまた…!!」



慌てて口を押さえる。
また口に出しとったんか。あぁもう恥ずかしい。こんなカッコええ人等の前で醜態晒し過ぎや。
しかも本人を目の前にしておじいちゃんとか!!
あかん、いろんな意味で怖くて銀髪の顔見られへん。



「柳生、こいつ誰じゃ」



不快感MAXな顔でうちを見下ろす。
柳生先輩のこと呼び捨てってことはこの銀髪も先輩なんや。最初から同学年には見えへんかったけど。
ってこれ余計にまずいんとちゃうか。



「切原君のクラスの転校生で名字名前さんです。」

「……どーも」



柳生先輩に紹介されて、恐る恐る頭を下げて挨拶をする。



「ほぅ」



銀髪の先輩にまじまじと見られてうちは硬直する。こないカッコええ人に見られたら誰だって緊張するやろ。


大阪にいた時、周りは俗に言うイケメンばっかりやった。でもイケメンってただイケメンなわけやない。
蔵ノ介先輩は優しいけど時々黒いし、謙也先輩はアホやし、千歳先輩は頭もっさりやし、財前は性格アレやし…。
他にも思い浮かべてもカッコええ、ですむ人なんて一人もおらん。



「ちっこいのぅ」

「はぁ?」



うわ、うちガラ悪い。
でもしゃーないやろ。女の中やったらそない小さくないもん。
159センチって平均くらいやんか。うちより小さい人なんてたくさん居るで。



「仁王君、失礼ですよ」

「あぁ、すまん。俺は仁王雅治じゃ」

「では、私は先を急ぎますので。」



本当に何か用事があるらしい柳生先輩は走って行ってしまった。
え、仁王先輩と二人きり?柳生先輩…、仁王先輩と二人にせんといてください!!
どないしたらええんですか。



「帰るか」

「はぁ…」



先を歩き出す仁王先輩に付いて行く。ちゅーか、一緒に帰る必要なくないか。
そうや、逆方向やからって行って帰ればええんや。



「名字」

「ひゃいっ!?」

「ぶっ」



急に声をかけられたことに驚いて声が裏返ってしもた。
そしてそれを仁王先輩が吹き出す。まだ笑っとる。



「くくっ」

「そない笑わんでもええやないですかっ」



恥ずかしくて顔が赤うなる。だってカッコええから。
少年のように笑う仁王先輩はさっきまでのクールそうな感じは全くなくて。
ただ銀色の髪が街灯でキラキラ光ってるのがすごく綺麗で。



「すまんすまん。あまりおかしかったもんでの」

「ほっといてください!!」



ひとしきり笑い終わったのか元のクールそうな顔に戻った。



「家、どこじゃ。送って行くぜよ」



送らんでええです。一人で帰れますから。
とは言えんかった。
何となくやけど、この人とまだ話していたいと思ったから。
もう少しだけ隣にいたいと思ったから。


家の場所を告げると仁王先輩はゆっくり歩き出した。
多分うちの歩調に合わしてくれとる。こんなに足の長い人がこのペースで歩くはずがない。



「赤也と残ってたんじゃろ」

「皇帝情報ですか…」



知られたってもうええよ。どーせ隠しきれへんし。
うちがアホなんは今に始まったことやないし。頭良さそうなふりなんてできひんもん。



「真田のこと皇帝って呼ぶんじゃな」

「真田先輩って実は高校生やないと思うんですよ。せやから皇帝」

「そりゃ同感ぜよ」



ふっ、と笑って相づちをうつ。
仁王先輩は何て呼ばれとるんやろう。柳生先輩と仲良そうやったからきっとレギュラーやと思う。



「仁王先輩は何ですか?」

「俺はコート上の詐欺師、仁王雅治じゃ」

「詐欺師?」

「そうじゃ」



何で詐欺師で誇らしげなんや。普通それは残念がるとこやんか。
詐欺師ってええことなんか。性格から詐欺師なんかな。
柳生先輩は紳士ってぴったりやし。あんなに紳士的な人今までうちの周りには居らんかった。
いやむしろあの人等が紳士的やったら気持ち悪いか。



「何で詐欺師なんです?」

「それは教えられんのぅ」

「ケチや」



口を尖らせると笑われた。



「知りたいならテニス部の練習見に来んしゃい」



テニス部の練習か。確かに見ておきたいわ。
四天宝寺の練習って言うたらわけわからんお笑い講座とかあったし。あれは完全にオサムちゃんの趣味や。まぁ、おもろかったからええけど。
高校の練習は流石にお笑い講座はなかったけど、半年しか見てないからようわからん。
立海のテニス部がどない練習しとるんかは気になる。



「ほな、今度見に行きますわ」

「真田に怒られんようにの」



見に行くだけで怒られるんか。皇帝恐るべしやな。
あれで部長やないんやから、部長さんはもっと怖いんやろうな。



「あ、うちここです」



新居は実は結構大きい。何でも知り合いから安く譲ってもらったとか。



「送ってもらってすんません。ありがとうございました」

「ピヨ」



ピヨ!?え、宇宙人やったん!?いやむしろひよこ?
うちが目を白黒させても仁王先輩は気にもとめない。



「じゃあの」



仁王先輩はそれだけ言ってうちを通り過ぎて行く。
仁王先輩ん家はもっと遠いんや。うちだってそんなに近くはないのに、朝練とか大変そうやな。
うちまでの距離は近くないはずなのにあっという間に感じたんは仁王先輩と一緒やったからやろうか。
仁王先輩が歩いて行った方向を見てももう誰も居らん。なんとなく物寂しく感じるのはきっと静かだから。


今日出会った仁王先輩は謎だらけ。
西出身で。成り行きでうちまで送ってくれて。詐欺師で。宇宙語を話す。
でも、笑うと可愛くて。銀髪はキラキラしてて綺麗で。格好良くて。きっと優しい。


今までうちの周りには居らんかったような人がここにはめっちゃいる。これからが楽しみで仕方がない。