おやすみ、ぜんぶ


ベッドからオレは起き上がる。

なまえの頬に手を当てる。
体温はまだかすかに残っていたが、
まるで河原の石に触れているようで
手を放した。

オレが覚えていたかったのは、
もっと柔らかくて誰からも愛されている
暖かい彼女だったからだ。

ひとしきり、なまえを見つめていたかったが
夢から目覚めるように壁や家具など周囲はとろけていった。
星屑みたいになまえも溶けてゆく。
なまえが大好きなアイスみたいに、消えていく。
なまえがオレに見せた夢は
こうして朝日が指す部屋のように
目覚めていった。彼女と一緒に。



そして元の自室がそこには広がっていた。
しばらく、余韻にひたるように
オレはベッドの上で
なまえの残像を目でなぞっていた。

だが部屋の隅で携帯の通知を知らせる光が
ちかちかとうるさかったので、携帯をとった。
モラウさんとナックルから連絡が来ていた。
まだ窓の外は暗く、実質早朝であったが
専属の上司に連絡が一番だ、と
迷わずモラウさんに電話をかけた。




「おう、シュートか。」

「遅くにすいません。終わりました。」

「そうか…。明日は大丈夫なのか。
なんだったら休んだってかまわ」

「大丈夫です。」

「…まあ、その方がいいかもしれないな。」



モラウさんは優しい。

そのまま明日の時間や場所をきいて切ると
間髪入れずにナックルから電話が来て
反射的に出てしまった。


「ナッ」

「シュート!てめェ!
なんでオレに一言もなかったんだよォ!てめこら!」

「…おい、何時だと思ってるんだ…うるさいぞ」

「うるさくしねェでいられるか!
オレは…なまえが念能力者だなんて、聞いてなかったぞ・・」

「お前だけじゃない。モラウさんも最近知った。」

「そういう問題じゃねえだろうが!」

「悪い…遅くはなったが、教えるから…」

ナックル、今、怒っているのか。
まるで泣いているみたいな声だ。








事の顛末を話せば、ナックルは静かに
けれども熱量はひたすらに高く声を絞った。


「なんで…止めなかった…」

「…………」

「止めるべきだったんじゃなかったのか?!
そうすりゃ今も」


彼女の願いを聞かなければ
死ぬこともなかったのではないか。

ナックルの言うことはもっともだった。

オレもなまえにお願いされた日に同じことを言った。
彼女は死期を悟っていた。だからこそ、
オレも彼女の願いをきくしかなかった。

冷静に、ナックルにあの日
なまえに言われたことを言った。


「…お前には想像つかないかもしれないが…
オレ達は、幸せだ。

あの一ヶ月は、皆が平等に貰える幸せと相当量で
オレとなまえは他の奴と何一つ変わらない。

なにも変わらないんだ。」

「っ……」

「ナックル。やりたいこと、全部できたんだ。」

「……シュート」

「なあ、後悔もなく、そんな風に過ごせた人間がいるか。」

「………。」

「褒めてくれよ。」




床に光が指す。朝日だ。

今日からこの世界になまえはいない。
だけど一緒に暮らしたこと、息をしていたこと。
また明日が来るということ。
全部、君といっしょにできた。

平等に訪れる朝、思い出におやすみ。


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