―覚えているのは、淡く切ないほどの白― 【ほおずき荘の非日常】 ≪居候≫ 目を覚まして初めて目にしたのは人工的な明かりだった。 何がどうして俺はこんなところにいるのか。 覚醒しきっていない頭でぼんやりと考える。そして目を覚ます以前の記憶を掘り起こそうとしてやっと気づく。 そもそも自分は誰で、何をしていて、どうしてここにいるのか、全く見当がつかない。 つまりだ・・・ 「なにも思い出せない」 「おぉ、気づいたか少年。」 ぼそっと呟いた瞬間、すぐ隣で声が聞こえた。 横たわった状態で首だけ動かして隣を見ると、胡坐をかいて座る男性と目があった。手入れのされていないぼさぼさな黒髪に、甚平を着崩した中年男性は俺と目が合うと口の端を釣り上げて笑う。 「こんな真冬に生き倒れとは死ぬ気だったのかな、少年よ」 「生き倒れ?」 「覚えてないのか?お前、雪が散々降る中、道でぶっ倒れてたんだぞ?しかもこんな時期に半袖なんか着て」 そう言われて改めて自分の体を確かめてみると言われたとおりに半袖を着ていた。 でもなぜ冬に半袖だったのか、なぜ生き倒れたのか全く覚えていない。 「お前、名前は?」 寝ていた体を起こしてもう一度自分の姿を確認する俺に男性は尚も問いかける。 だけど、答えられる名前を俺は思い出せないでいた。 「それが、思い出せなくて・・・っ」 なんとか思い出そうとした瞬間、刺すような痛みを感じ頭を抱える。 「無理に思い出すな、体に響く。」 頭を抱え込んだ俺の背中を男性がさすってくれた。 しばらくして落ち着いてきた俺を確認して、少し安心したように息をつくと男性は俺に今度は優しげな笑みを向ける。 「俺の名は銀(ぎん)。ここの家主兼大家ってとこだな」 「大家?」 「あぁ、この家は「ほおづき荘」っていう、まぁシェアハウスみたいなもんなんだ。で、この家を所有して「ほおづき荘」というシェアハウスを営む俺が大家ってこった。」 シェアハウス・・・あまり聞きなれない言葉ではあったが言いたいことはなんとなくわかった。 つまりだ 「この家にはまだ誰か住んでいるってこと?」 「そういうこと」 「なんじゃ、目が覚めたのか」 男性――銀さんがうなづくのと同時にスライド式のドアが静かに開く。 開いたドアの先から現れたのは、黒いワンピースを着た小柄な女性。いや・・・少女だろか。ただ、しゃべり方はどこか古風で、浮かべる笑みは少女の物にしては大人びているようにも感じた。 「お主、こんな雪の中そないな格好でぶっ倒れるとは死ぬ気だったのかの?」 「あ・・・いや、そういうわけじゃ・・・ないと思う。」 どこか怒っているような声音で問う彼女に、俺は歯切れ悪く答える。 そんなことを聞かれても、覚えていないのだからわからない。ただ、自分の中には別に死にたいという気持ちは全くない・・・ので、たぶんそれは違うと思う。 「なんじゃ、歯切れが悪いのう。」 「アイリス、こいつは何も覚えてないみたいなんだ、そんなに責めてやるな。」 「ほう、記憶喪失とな?」 銀さんの言葉にアイリスと呼ばれた彼女は目を細める。 「お主名も覚えとらんのか?」 「あぁ、何も覚えてないんだ・・・」 問いに肯定で答えて俺は俯いた。 なぜ何も覚えていないのか、なぜ俺は忘れてしまったのか・・・。覚えていたくない記憶だったのかもしれない。それとも何か強い衝撃で記憶が吹き飛んでしまったのか。推測をいくつ立てても記憶は戻っては来ない。 「ふむ、それでは帰る家もわからんと。なら話は早い、お主。記憶が戻るまでこの家にいるがよい。幸い部屋は沢山あいてるじゃて、一人子が増えようが今更関係ないしの、なぁ銀。」 「それは、まぁ、構わないが」 アイリスさんの言葉に俺は俯いていた顔をあげる。 確かに帰るところもわからなければ、雨風しのぐこともできない。それはとてもありがたい話だ・・・だけど。 「俺、返せるものなんて持ってない・・・」 「はっはっ、記憶のないやつに金を要求するほど、わしらも落ちぶれてはおらんよ。」 俺の言葉にアイリスさんは声をあげて笑うと、俺に近づいてきて頭をポンポンと軽くたたく。 「じゃて、返すものがなければ気が進まんというなら、そこの銀の仕事を手伝ってやり。それがお主のこの家での役割じゃ。それなら気も休まるじゃろ?」 ・・・なぜこんな見ず知らずのやつに、こんなに親身になれるのだろう。 二人の言葉は暖かくて、胸の中が熱くなる感覚に襲われる。 だけどそれはけして嫌な物なんかではなく、むしろ心地いいとさえ思った。 「ありがとう・・・助かり、ます」 「いいってことよ、困ったときはお互い様だ」 銀さんもアイリスさんみたいに俺の頭を軽く叩く。 「お主、名も思い出せないんじゃったな。ふむ、では名を思い出すまで柊(ひいらぎ)と名乗るとよい。柊は魔除けの葉じゃ。お主を邪から守ってくれよう」 「柊・・・わかった、ありがとう」 魔除けの葉。なぜだかそれが心に引っ掛かる。 何か大切なことにつながるような・・・そんな不確かな感覚。 「では部屋に案内しようかの。必要なものがあれば遠慮なく言うがよい。」 そう言って歩き出したアイリスさんを追うように、俺は立ちあがり歩き出す。 この出会いが後に大きな事件へと繋がることを、まだこの時の俺は知らなかった。 - - - - - - - - - - 『あとがき』 今回は柊、銀、アイリスのみの登場で、フォロワー様のキャラはまだ登場しておりません>< 第2夜からは登場してくると思いますので、楽しみにお待ちいただければと思います!! 小説置き場に戻る
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