舞い上がれ、鳩よ、鳩よ、鳩よ!

25


まえもくじつづき




兵士達が戦いから戻ってきたのは、お兄様が城へ着くよりも、もっと、もっと早い頃でありました。
兵士達が思い思いに、お兄様とリオウについて口々に報告していきます。
 
リオウはお兄様に抱き上げられて、気持ちよさそうに眠っているのだそうです。
お兄様はそれに笑って見せながら、ゆっくりと、ゆっくりと、自分の足で歩いて帰ってきていると。
報告に含みを感じながらも、私は兵士達の報告に頷いて見せました。
リオウは獣の紋章の発動を防ぎ、そして今もまた、兄の心の何かを癒してくれたのでしょう。
あの少年には、いくら礼を言っても言い尽くせないほどでありました。
 
帰ってきたお兄様とリオウの姿に駆け寄った私は、こらえきれずにその場へ崩れ落ちてしまいました。
水分の飛んだ頬、白さの沈没した、土色の肌。リオウは気持ちよさそうに眠って……
 
あまりに気持ちの良いその眠りは、ついぞ目覚めることはないでしょう。
お兄様、どうしてそのように穏やかな表情なのですか。
どうしてそんなにいとおしそうに、眠り続けるリオウを抱きしめているのですか。
もうその瞳は乾ききって、開くことはないというのに。
 
お兄様は私に気がつき、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
 
「同盟軍との和議申請をしろ。ジル、お前が中心となってな。俺がやるよりも双方やりやすかろう。頼んだぞ」
 
抑揚のない言葉に、私と、周りの兵士、騎士達は驚きを隠せませんでした。
お兄様は特に気に留めるでもなく、リオウを部屋へ連れて行きました。
ベッドへその体を横たえるのでしょう。
腕をからにしたお兄様は部屋から姿を見せ、俺も疲れた、といって自室へ戻っていきました。
 
お兄様は狂っているのでしょうか。
はじめて希望を選ぼうとしたのに、望んだものはもう、この世界には居なくなってしまったから。
 
それから毎日のように、お兄様はリオウの部屋へ顔を見せに行きます。
彼がすることと言えばそれだけ。私は国の代表として、毎日を執務室で過ごしています。
私は平和を望み、それは叶いました。民に重い税を掛けることなく、同盟国の代表であるジョウイとは、良い関係を結べています。これは、素敵な結末なのかしら。執務室で書類にペンを走らせながら、窓からあふれる太陽光に目を細めては、考えてしまいます。
 
もしかすると、私こそが獣の紋章に、リオウを捧げてしまったのではないかと。
私が共にミューズへ赴き、共にお兄様を説得していたら、今と違った何かになっていたのではないかと。
後悔と懺悔の光の中に、鳩が横切っていきました。
もしかしたら、あれはリオウなのでしょうか。私の可能性をリオウは空へと連れ出してくれた、私はあなたに何もしてあげられなかったのに。
 
顔を覆って人知れず涙を流したとき、扉が乱暴に開け放たれました。
断りも入れず扉を開くのは兄だけです。私が代表に入り、毎日を執務室で過ごすようになってから初めてのことでしたので、驚きのあまり私の涙は止まってしまいました。
 
「折り入って頼みがある」
「お兄様、どうされたのですか」
「もう戦もないだろう、俺の存在は驚異でしかない。だから、どこか隠居できる場所を手配してくれ」
「それは……リオウも、連れて?」
 
当たり前だ、の言葉に、私の心は張り裂けそうな悲しみに痛みました。
リオウ、私があなたと、兄に出来ることは、世間からお二人を守ることなのでしょうか。
私は申し出を受け入れ、兄の所望するキャロの街から少し離れたルードの森の側に、邸宅を用意することにしました。それが完成すると、意気揚々とルルノイエを離れていく、兄のなんと幸せそうなお顔。生まれて初めて見るようなその表情は、死してなおリオウが与え続けているものなのですね。
 
リオウ、あなたは兄の心を、確かに救ってくださいました。
あなたは兄の心を導き、高く、高く、広い空へと舞い上がっているのですね。
 
私もあなたのように、人々を導く鳥でありたい。


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