言葉のちから

22


まえもくじつづき




三ヶ月は経っただろうか、ようやっと足の痛みも薄れはじめ、失った筋力を取り戻すためにリハビリを始めだしたとき、戦争は再び動き始めた。
 
王国軍がハルモニアの援軍を加え、驚異的なスピードで同盟軍の指揮下にある街を制圧しはじめたのだ。
その中でもやはりルカ・ブライトは異彩を放ち、総大将だというのに先陣を切り、戦場をほぼ一人で制圧しているのだという。
 
同盟軍の軍師だというシュウさんの報告を病室のベッドの上で聞きながら、僕はルカの心中を思う。早く戦争を終わらせたいのは、向こうも、こちらも同じなんだ。
お互いに、早く一つになりたいからこそ諍いが続く。ボタンをひっくり返して盤上を制覇するゲームのようにぼくには感じられた。
 
「……ですので、リオウ殿の所持している獣の紋章を利用させていただければ、王国軍も動けないでしょう。それを餌に取引も出来る」
 
シュウ軍師の言葉に、僕は抱きしめている紋章に力を入れて頭を振った。
激しい拒否の動きに、軍師はため息をつく。
 
「あなたはジョウイ殿のご友人と言うことで、ここに滞在することを許されているのです。ただでさえ、あなたは寝返っていたも同然のお人だ。ここでこちらに協力していただかないと、あなたの肩身も狭くなる一方なのですが」
「かまいません。ぼくを城外に放り出してください」
「それは、出来るわけがないでしょう。あなたなど、すぐに野生動物に食べられておしまいだ」
「かまいません。僕は皆さんに必要のない人物ですから」
「ジョウイ殿とナナミ殿には必要なのです」
 
ぼくと軍師は、王国軍の進軍に伴い、同じような会話を毎日繰り返していた。
いつも堂々巡り。ジョウイやナナミの目もあって、軍師は強く出られないらしい。ため息をつくと、今日も同じようにいらだちを見せながら部屋を出て行った。
 
ベッドの上で、肌身離さず持っている紋章を見つめる。今はもう初めて見たときのまがまがしさを感じることはない。柔らかな毛先が水晶の内側をぐるぐると遊んでいた。
いつの間にか棘の無くなったような印象を放つ紋章に、僕は微笑んでみせる。
ぼくはここではまったくのお荷物だ。本当に放り出してくれたらいいのに。
 
とうとう同盟軍の居城のみが抵抗の要となってしまった。
その頃にはぼくも時間をかけてではあるけれど歩き回れるようになり、ナナミと一緒の部屋を用意してもらっていた。
城の中が慌ただしい。同盟軍にとって最後の戦いになるかも知れないのだ、慌てない方がおかしいだろう。
 
ぼくは部屋で獣の紋章を抱きしめていた。今ではそれは僕の心を慰めるペットのような存在になっていた。
ぼくたちはこの同盟軍で、馴染むことも出来ず、かといって反抗することも出来ない、曖昧な状態を保ち続けていた。水晶球の表面を優しく撫でていると扉が叩かれ、武装に身を固めたジョウイが姿を現す。
 
「リオウ、ここから逃げてくれ」
「どうして」
「ここは、決戦の地になる。君にも危害が及ぶかも知れない」
「なら、ぼくは誰かの盾になるためにここにいる。それぐらいなら、ぼくにもできるよ」
「だめだ、そんなこと、させられない」
「どうして? みんな戦っているのに、ぼくだけが戦わずに守られるなんて、理不尽だろう」
「……わかった。でも、すぐに逃げ出せるように、ロビーの方へ移動してくれ。隠し通路を教えておくから、非常事態になったら住民を率先して誘導してほしい」
「わかった。ありがとう、ジョウイ」
 
お礼を言うと、ジョウイは悲しげな表情を浮かべ、部屋を出た。
ぼくは出て行ったことを確認して服を着替える。紋章を服の下に隠して。
忘れ物などあるわけがないのに辺りを見回してから部屋を出て、ゆっくりと城内を眺めながら歩く。
石畳の柔らかな、素朴な城も、ぼくに暖かみを伝えることはなかった。
 
城の外遠く、叫び声、鉄のぶつかり合う音、弓の宙を裂く音、馬の蹄、吹き出す音、倒れる音、全てが混じり合った混沌の音色が響いていく。
ぼくは広間の隅で膝を抱えて座っていた。片足の関節が突っ張るものの、見た目に不自然なところはない。
履いているもの、着ているものを脱がない限りは。
一人ハイランドの装束で座り込んでいるこの姿は、人々には異様に映ることだろう。用意されていた懐かしい赤い服に似た胴衣を着ていてもかまわないはずなのに、ぼくはローブを選んだ。怪我やいびつな部分を隠せるから、という理由ももちろんある。でも、それ以上に自分はこの服装に愛着を覚えていたようだった。
いつか、ナナミがローブを洗濯したときの言葉を思い出す。
上等な絹で出来た軍服は見たこともないってみんなが言っていたそうだ。
お金持ちなんだね、と言うナナミに僕は曖昧に頷いて見せながら、少し気恥ずかしくなっていた。
考えれば、ぼくと同じ服の人間をハイランドで見たことがなかった。これは支給品ではなく、僕のために作られたものだと今更ながら思ったのだ。
そうして同時に、皇女様の言っていた不器用な人、という表現を思い出していた。
この服を用意したであろう人物に、不器用、という優しい表現は似つかわしくない。ただおかしいのだ。
狂っているのだ。感情が理解できていないのだ。いや、信用できる感情は全て負のものであると思っているだけなのだ。
この世の中には信じても良い優しい感情があることを知らないまま、悲しいままあの男は死んでいくのか。
ぼくは両膝に頭を乗せて、音が静まるのを恐れていた。


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