愛しきワタバナの子よ

であい


まえもくじつづき




「何、それ」
 
テオ・マクドールが素性も知らぬ母親に託された子供を自宅に連れ帰ったとき、
息子は不機嫌にこう言い放った。
 
「うむ、縁があってしばらく預かることになった」
 
カレッカの生き残りだとはなぜかいえなかったテオの言い回しをさほど気にすることもなく、
息子は子供のほおに手を伸ばした。
 
「すすけてる。汚い子供だな」
「ティル、言葉には気をつけなさい」
 
名を出して諫める父親の姿に、ティルと呼ばれたその息子は気のない返事でそれをくぐり抜けた。
 
「クレオ、この子洗ってやってよ」
 
テオの付き人である勇ましく健康的な美女を呼びつけたティルは、父親から子供を抱き上げ、
駆けつけてきた女性の手にその幼子を託す。
クレオは理解しがたいといった様子で了承すると、浴室へと足を急がせた。
 
「ほら、父さんも。突っ立ってないで着替えたりしておいでよ。グレミオには料理を用意するように言うからさ」
 
息子に促されるままテオは自室へと向かっていった。
いつのまにいっぱしの口をきくようになったのかと口の端をゆがませながら。
 
甲冑を脱ぎ、簡易な服装になったテオは、子供と入れ違いに入浴を済ませた。
風呂から上がれば「縁があって」この家にいる息子付きのグレミオが料理を用意している。
クレオは幼子にシチューを与えているところであり、まんざらでもない彼女の表情が場を和やかにしていた。
 
「風呂に入って美人になったな」
 
息子はそういっては幼子のほおを指でつつく。
確かに子供の頬は透明にみずみずしく、さわりたくなるのもわかるのだが、息子の行うそれはあまりにもな頻度であるため、子供の食事を邪魔しているようにも見える。
 
「テオ様」
「なんだクレオ」
「この子の名前は何と言うんですか」
 
クレオの問いかけに、息子も目を輝かせてテオに視線を向けた。あいも変わらず指先は幼子の頬に張り付いたままだ。テオは逡巡しつつも、子供を託されるときの母親の言葉を思い出して答える。
 
「コト、だ」
「コト……」
 
テオの言葉に情勢をよく知るクレオはかすかに眉を寄せたが、ティルの方は笑顔でその名を口ずさんだ。
 
「コートコトコトコートコトーシチューの煮える音ー」
「坊ちゃん! コトちゃんに失礼ですよ! ねえクレオさん、私にも抱かせてくださいよ」
 
クレオはグレミオの眉尻の下がった表情に苦笑しながら、コトを預け、テオの耳元へと口を寄せに向かった。
グレミオはティルの小さい頃を思い出す、と喜び、ティルはティルで恥ずかしそうに声を荒げていてこちらに気付く様子はなかった。
 
「コト、というのはカレッカの民俗言葉……ですね」
「ああ」
「決行……されたんですね……」
「……ああ……」
「心中、お察しいたします」
「すまんな、ありがとう」
 
クレオは痛々しそうな表情をやめ、子供を取り囲む二人のところへ足を運んでいった。
テオは少々ワインを苦く感じながら、グレミオお得意のシチューを流し込み、穏やかな風景を見つめていた。


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