鎧戸を閉めて外は見えるか

16


まえもくじつづき




謹慎という名の軟禁状態はいつまで続くのだろうか。
続くと言えば、怪我も未だ治らない。自己判断の処置はやはり治りを遅くさせるらしかった。
元々が治っていたものなので、流行病にかかることはないと思うのだけれど。
 
今朝は皇女様にグリンヒルを制圧したと教えられた。
ソロン・ジーのがんばりが目に浮かぶようだった。
 
昼食も済ませ、午後をどう過ごすか考えているところに固いノックの音が響いた。
扉の開かれた先には、先ほど思い描いていたとおりのソロン・ジーがいた。
グリンヒルから帰ってきたばかりなのだろうか、防具のあちこちが茶色く汚れている。
 
「改めて、礼を言いに来た」
 
ぼくは頷いて、手を叩いて喜びを表現してみせる。ソロン・ジーは視線を泳がせている。
これは彼なりの照れ隠しのようだった。ぼくは思わず吹き出してしまった。
それに少し眉を寄せたあと、ソロン・ジーはぼくに見せたいものがある、と散歩を提案してくる。
 
「ルカ様には了承を得ている。心配するな」
 
そう言われてしまっては、言葉を使わないようにしているぼくには拒否する理由が作れない。
ソロン・ジーの元に歩み寄り、ぼくは彼の後ろをゆっくりと歩いた。
身体の痛みは引いているのに、用心深くなっている自分に苦笑した。
 
広い王宮の、街との境目の広場にある、精密なつくりの一角獣の前でぼくたちは足を止めた。
ソロン・ジーは黙って像を見上げている。ぼくも習ってそれを見上げた。
 
「これは、王国のために犠牲になった栄光ある戦士達の石碑だ」
 
王国に可能性の扉を再び開いてくれた若者達に感謝を。
台座にはめ込まれたプレートに刻まれている言葉だ。献花は先ほどされたものだろうか、肉厚の花びらに水滴が散っている。
 
「休戦条約を、みんな喜んでいただろう」
「……はい」
 
ぼくは手のひらを握りしめた。この石碑は、言うまでもなくユニコーン隊のことを指しているのだ。
それが可能性の扉を開いた? ……綺麗な言葉で飾っても、行ったことにはかわりがないじゃないか!
 
「このハイランドは寒冷地だろう、作物は大半を輸入に頼っている。休戦条約を持ちかけた際、都市同盟は多額の関税金をふっかけてきた。ハルモニアからの輸入に頼り切ることも考えたが、友好関係に亀裂が走ることも考えなければならない」
「長年の戦いによる軍力、精神の疲労も甚だしく、また皇王は争いをやめたがっていたから独断でこの条件をのむことに決めたんだ。自国の民に重税を掛けることにしてな」
「王宮の人間は大半がそれをよしとした。だがどうだ、民からは不安や、条約の変更を求める声が上がった。だが、それを皇王は耳に届いていないふりをしていた。ルカ様は王の考えではなく、民の考えをとられたのだ。自国に傷をつける結果になったとしても。そうして少年兵が痛めつけられたとあっては、皇王も休戦条約を撤回するほか無い。撤回しなければ、国内にも動乱が起こるからな」
「嘘だ!」
 
ぼくはソロン・ジーの横顔をにらみつけた。ぼくの知っているルカは殺戮を好み、すべてを破壊しなければ満足しない、凶暴な男だ! その事実しか必要ないんだ!
 
「ぼくの知っている、あの男は……人間を人間と思わずに破壊していく、それだけが生きる糧とでも言うような、そんな人物なんです。今更、今更そんなことを言われても、ぼくはもう何も変わることは出来ない」
「ルカ様のやり方はたしかに度を過ぎた部分がある。だが、お前はもう王宮の人間だ。いつまでも都市同盟側の、いや、一方的な視野で物事を見ていてはいけないのではないか?」
「そんなの、どれが真実かわからなくなって、何にも出来なくなるじゃないですか!」
「自分で信じたものを真実にすればいい。可能性と同じだ」
「わからないよ……そんなの、理屈だ。ぼくの持っている真実は一つだけでいいのに……」
 
自分で選べといいながら、選んだ真実に別の真実を告げてきたのはそっちじゃないか。
ソロン・ジーは何が言いたいのだろう。ぼくは頭がグチャグチャで、ここから逃げ出したいのか、くってかかりたいのかさえわからない。
 
「お前は可能性の鳩を殺すのか?」
 
ぼくは目を見開いてソロン・ジーを見た。
 
「ハーン将軍に聞いた話だ。人は心に可能性の鳩を飼っていると」
 
おじいちゃんのお話とは、少し違っているけれど、たぶん、同じことを言っている。
ぼくの心の鳩は、いくつ分かれた枝を咥えている?
その枝の数だけ、ぼくの可能性があるはずなのに、数えようとすればするほど、ソロン・ジーの言葉とぼくの感情が掻き混ざって見えてこない。全てを屠る狂気の皇子、国民のことを考える仁義の皇子。
そもそも鳩はオリーブを咥えているのか? 全てが疑問になっていく。
 
ソロン・ジーと話したその日の夜、ぼくは夢を見た。
鳩がとんでいる夢だ。ぼくは窓を閉めているのに、とんでいることがわかった。
だって、羽ばたく音が聞こえるから。窓を開ければ、それは鳩ではないかもしれないのに。
ぼくは鳩だと思って、目覚めるまで窓を開くことはしなかった。


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