胎動せよ、変容せよ

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まえもくじつづき




「トゥーリバーに目を向けている間、サウスウィンドウをやすやすと同盟軍に手渡したそうだな? ソロン」
 
ハイランド軍のテントの中で、ルカは青ざめて立ち尽くすソロン・ジーを見下しながら言い放った。
 
「そういえば、同盟軍を誕生させたのは、お前の力あってのこそでもあったな?」
 
ソロン・ジーは拳を握り込み、ルカの言葉に耐えている。
 
「この失態、許せるものではないわ! 門前で首をはねろ!」
「戦場で命を落とすのならば本望、ただそれは、最大の恥辱……!」
 
ルカの言葉に、兵士はソロン・ジーの腕をとる。
ぼくは絶望に変形させた男の顔に、どうにかしなければ、と思ってしまう。
だって、いままで頑張ってきたのに、
これからも国のために腕をふるうだろう人物の命を簡単に奪ってしまうなんて、おかしいじゃないか。
 
「まってください!」
 
声を出した後でしまったと思った。これは何かの意志なのだろうか?
いや、ちがう、ぼくの、ぼくだけの意志だ。
みんな、ぼくの声に驚いてこちらを見ている。いたたまれながらも、改めて息を吸い込んだ。
 
「今、将を一人失えばどうなるのか、わかっているはずです。キバ将軍、クラウス軍師の疲弊からもわかるように、兵士を束ねることは難しい。そんな中、ソロン・ジーという長年の将を失うこと、どれほどの損害が出るのか、わかりきっていることじゃないんですか」
 
ぼくは息を止めて、続く言葉を押さえようとした。一斉に出した言葉はいきなり止めることも出来ず、ありったけの力を込めて放たれる。
 
「片田舎の少年兵隊よりも! ソロン・ジーの存在は重いはずではないんですか!」
 
震える言葉をこらえようと目に力を入れる。痛みの治まっていた肋骨がまた騒ぎ出す。
痛みを耐えようと眉を寄せる。それは結果ルカを睨みつけることになってしまう。
ざわめき動揺する軍将達。それを気にとめることもなく、ルカは笑う。
 
「ふはははははは! そうであったな、ソロン、貴様にもう一度だけチャンスを与えてやる。さっさとグリンヒルを手に入れろ、いいな!」
「は、はい! ルカ様、このソロン・ジー、命を賭して!」
 
喧噪の中、ソロン・ジーの拘束は解かれ、彼はルカに頭を下げた。
ここでの話はこれだけのものであったらしい。兵士達はテントから抜け出していく。
ルカとソロン・ジーは未だ話をしている。
ぼくは自分の言葉にしたものにこらえきれなくなり、テントを抜け出した。
そばにある木の幹に頭を預ける。
 
ぼくはあの日のことを忘れない。共に過ごしてきた日々の輝き。休戦条約の喜びにほころぶ笑顔。
阿鼻叫喚の悲鳴。裏切りの痛みを。
こみ上げる何かを押し返そうと力を入れる。腹の痛みがよみがえり、力が抜ける、何かは一気にあふれ出す。
 
悔しい、悔しい、あの男はユニコーン隊のことなんてとっくに忘れているんだ!
ポールのことも! ピリカのことも! みんな、みんな!
手の甲で涙を拭い続けても、それは止まることを覚えてくれない。
 
後ろに、人の気配がする。
ぼくは慌てて裾で目元をこすり続ける。
 
「……泣いているのか」
「……いいえ」
 
ようやく涙が止まり振り返ってみせると、ソロン・ジーは所在なげに視線を泳がした。
 
「子供に情けを掛けられるほど、落ちぶれているつもりではなかったが……今回だけは礼を言わせてもらう」
「お礼を言われるようなことはしていません。ぼくはただ、人の死ぬのが見たくなかったから」
「ルカ様が意見を曲げられたのは初めてのことだ、お前は何者なのだ」
「……ぼくは、ただの片田舎の少年兵隊の、生き残りです……」
 
ルカがぼくを呼ぶ声がする。声のでないソロン・ジーに断りを入れて、ぼくは声のする元へ向かった。
 
ああ、やっぱりぼくの言葉は、何かの意志によって支えられているんじゃないのか?
ルカが意見を曲げたのは初めてだなんて、ぼくの声に未だ何かの力が働いている証拠じゃないか!
 
うつむいた状態でルカの元に寄る。
ルカは鼻を鳴らすと、ぼくの頭に手を置き、そのまま髪を掴みあげてくる。
無理矢理視線を合わせてくるルカの表情は、何も読み取ることも出来ない、獣の色を宿している。
 
「貴様が俺に初めて話した言葉が、ソロンを擁護する言葉とはな」
 
ぼくは何も答えず、獣を見据えた。ルカの瞳はぐろぐろと黒い炎が渦巻いているようだ。
負けてたまるものか、ぼくはもう隠さない。ぼくはお前を憎んでいる。
 
「次はないと思え」
 
髪の毛が解放された。冷たいような、熱いような感覚を伴って髪の毛が定位置へ戻っていく。
 
ぼくは再びうつむくと先を歩くルカについていき、来たときと同じように二人で馬にまたがる。
そして根がまた落ちてきたけれど、ぼくは口に含むこともせず、肋骨の痛みに耐えた。
 
馬の振動は、変わらずに穏やかで、ぼくの心だけ、激しく波打っていた。


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