胎動せよ、変容せよ

13


まえもくじつづき




ルカは所用で遠征地に向かうと言い、部屋でじっとしていろ、の命令のもと。
久々に一人の時間を過ごしていたところに声がかかった。
 
「リオウは、私以外に誰かとお話ししてるの?」
 
皇女様に呼ばれ、彼女の部屋でお茶を楽しむ、午後のひととき。
小皿にビスケットを取り分けながら、ぼくに問いかける。
 
「皇女様以外には、誰とも」
「そんなの、息が詰まってしまうんじゃないかしら。あなたが思うより、きっと普通だと思うのですけれど」
「でも、まだ怖いんです。ぼくに別の意志がまとわりついているような感覚が間違いだとわかる、そのときまで」
 
香ばしい音を立てて皇女様はビスケットを口に含んだ。
ぼくもあわせて、ビスケットに手を伸ばす。
まだ口の中に炎症がしぶとく残っているので、小さく割っては口に入れる。
 
「お歌はいかがかしら」
「歌ですか?」
「お歌なら、元々ある言葉だから、誰かの意志なんて入ってこないでしょう?」
「そう言われたら、そうですね」
 
考えておきます、といって紅茶を含んだ。
そこでこのお話はおしまい。彼女もナナミと変わらず、話題がくるくる変わっていく。
 
「兄のそばにいるって、どんな感じなのですか?」
「どんな感じも何も……執務室で眠っているのが大半ですけど」
 
トゥーリバーへ進軍させている今、ルカは城にとどまり、一日の大半を執務室で過ごしていた。
そして、ぼくは入り口に立ったまま、仮眠する姿を見ていた。
ルカにぼくを慣れさせる、そのために。
ぼくがそこにいることが当たり前になる日々を作り出し、そこで行動に出るために。
 
「兄があなたの前で眠るの?」
「はい」
「私相手にも緊張を解かない兄が、リオウを信用しているのかしら」
 
動揺したのを気取られないように、ぼくはビスケットを食べる。
 
「ぼくは非力だし、持っている紋章と言えば、攻撃できるものじゃないし」
「私、少し嬉しいみたい。兄が信用する人物を持てたことを」
 
皇女様の本当に嬉しそうな笑顔がぼくに刺さる。
なんて痛い笑顔だろう。ぼくは、あなたの血のつながったお兄さんを……
 
ノックの後、扉が開いた。
ルカ・ブライトかと思いきや、近衛兵の一人がぼくを見つけ駆け寄ってくる。
 
「申し訳ございません、どうか、力をお貸しくださいませんか!」
 
話を聞けば、トゥーリバーに同盟軍が姿を現し、後一歩のところで退陣するほか無かったと言うこと。
また、けが人も多く、処置を心得ている者も少ないため、ぼくを頼ってきたと言うこと。
迷うことなくぼくは立ち上がり、皇女様に席を外すことをわびるように一礼すると近衛兵の後に続いた。
 
兵舎前の広場に、遠征に出かけていた兵士達が散らばりくつろいでいた。
流行病を恐れているからだろう、けが人達の表情は青ざめ、ぼくを見つけるとすがるように押し寄せてくる。
怪我も新しく、そこまで重い病人もいないようだったので、身体にかかる負担を考えても大丈夫だろう。
ぼくは右手をかざした。
 
光り輝く空間は同じく一瞬にして静まりかえり、兵士達は少し置いて歓声を上げる。
そしてぼくの肋骨は悲鳴を上げる。もう少しでくっつくはずだった骨に、再びヒビが入ったみたいだった。
ぼくは怪我を気付かれないようにその場を後にし、部屋に戻って包帯で腹を固定した。
冷や汗を拭いながらベッドに身体を横たえ、窓から差し込む夜の気配に目を閉じる。
ルカが帰ってくるまでには、痛みは引いている、楽観的に考えようと脇腹をさすった。
眠りに落ちようという中、乱暴に扉が開かれる。
 
「貴様、聞いていなかったのか!」
 
ルカが腕を乱暴に持ち上げてくる。振動が肋骨に響き、ゆがみそうになる顔をこらえるのにぼくは必至だ。
 
「部屋でじっとしていろと、俺は言ったはずだ! 貴様の部屋はここではないのか!」
 
ぼくは黙ったまま、腹に力のかからないように体勢をかえ、ベッドから身体を起こした。
 
「……ふん、次からは許さんからな。行くぞ」
 
どうやら怪我に気付かれなかったようだ。ぼくは安心してルカの後に続いた。
 
厩舎のそばに乗り捨てられている馬の横で、ルカはあごを使って命令してくる。
馬に乗れ、ということらしい。ぼくは歯を食いしばった。
馬に足をかければ肋骨が響き、またげば骨と骨の間に隙間が出来るような痛みが走る。
ぼくが乗ったことを確認すると、ルカも習ってぼくの後ろにまたがった。
 
「揺れるのが気持ち悪ければ、これを噛め」
 
上から乾燥した根が落ちてくるのを手に取った。痛みを紛らわせるのにも役に立つかもしれない、思い切って口に含む。固いそれをかみしめると、さわやかで辛い香りが口に広がっていく。
また上からマントが降ってくる。
乱暴に首元で結ばれると、馬はゆっくりと駆け出した。
これから駐屯地へ向かうと言ったきり、ルカは馬を駆るのに集中しているようだ。
 
思ったよりは揺れない馬上で、平野を吹き渡る風にざわめく草木の音が懐かしく感じていた。
骨の痛みも、夜風の心地よさの中で薄れていくようだった。



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