胎動せよ、変容せよ

11


まえもくじつづき




ルカの言葉から、まもなく自室を与えられ、ひと月が経った。
ぼくは今日はじめてベッドから下り、配給された軍服に袖を通した。
袖の長い、ゆったりとしたローブ。なのに襟周りはざっくりと広く開き、やせた肉に浮かび上がる鎖骨が悔しい。
日に当たっていない分肌は色を無くし、白い布地と同化しているようにも見える。
おじいちゃんに買ってもらったサークレットを頭に通して、やっと自分を取り戻せたような心地がした。
でも、その部分だけだ。ぼくの身体は変化している。
 
ルカによる暴力と、紋章による負荷からか、ぼくの腕は戦いに使うことが出来なくなった。
日常生活ならば支障はなく、連続した緊張を与え続ける行動は、筋肉組織を麻痺させていくんだそうだ。
 
だけど、悪いこともあれば、良いこともある。
それは穏やかな扉を叩く音から始まる。
 
「リオウ、入って良いかしら」
「どうぞ」
 
程なくして姿を現した皇女様は、ぼくの姿に破顔する。
ぼくは後に続くほめ言葉を聞きたくなくて、今現在の情勢を慌てて訊ねた。
彼女は定期的に部屋を訪れてはお茶を入れてくれたり、ハイランド、そして都市同盟の情勢を教えてくれていた。
 
「都市同盟が、ノースウィンドウの跡地を利用して、同盟軍をたてました。ソロンの軍を破ったの。城の背後にある湖を使った効果的な戦略だったそうです。同盟軍最高位にアナベル、ソロンを破った若い少年、ジョウイを栄光の象徴として発足し、今、ハイランドとはにらみ合う状況になっているといえます」
 
ぼくは言葉を聞きながら、胸が興奮に震えるのを感じていた。
ジョウイが、元気で、軍をまとめるような場所に立っている。友人として、これほどまでに嬉しいことはない。
 
「リオウ、嬉しそうね」
「それは、そうですよ、ジョウイはぼくの友達なんです。その彼が、軍を率いて立ち上がっている、喜べないはずがないです」
「……でも、それは……お互いが敵同士になったと言うことでしょう?」
「可能性が、増えたんですよ。あなたの悩む兄についての。ぼくの考えるルカ・ブライトについての」
「兄を、止められるかもしれない、とリオウは考えるの?」
「だって、そうでしょう。ぼくたちと、ジョウイは、駐屯地でお茶を飲み互いに話した。僕たちの考えを、ジョウイは理解してくれます」
 
皇女様は顔を輝かせ、でもその後すぐに色を無くした。
 
「でも私は……兄を亡くしたくはないのです……」
 
ぼくは何も言えなかった。
皇女様はルカと血がつながっているから、
きっとどんな悪いことをしている人物でも根っこから嫌うことは出来ないんだ。
皇女様に向けて、頷いて見せた。ぼくに出来るのは、それだけだ。
 
扉が乱暴に開く。
向かい合って立っているぼくたちの姿を見て、ルカは眉尻をあげた。
 
「ふん。ひと月経ったんだ、立てるぐらいにはなったか」
 
ぼくは何も言わず、うつむいた。
ルカと話すことは避けたい。力のある彼に話しかけたが最後、世界が変わるような気がして。
 
「立てるならば来い。軍議を行う。空気に慣れろ」
 
ぼくは皇女様に一礼して、入り口で待つルカの元へ向かう。
足だけは異常もなく、ありがたかった。
 
「よし、今後は侍女を迎えに寄越す。俺のそばから離れるな」
 
ぼくは何も応えなかったが、ルカも答えは必要としていなかったらしい。言い終えるとすぐに歩き始める。
斜め後ろをついていきながら、どうすればぼくの力だけでこの男を討ち取れるのか考えていた。
 
白く重圧感のある支柱の合間から光が差し込む廊下は、とても美しかった。
中庭に置かれている噴水もきらきらと水音を奏でている。
今こうして王宮を歩いていることが不思議だった。



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