百万世界、一の意志

09


まえもくじつづき





開いた目の前には無数の穴。その合間から光が差し込んでいる。
ぼくは驚いて身体を起こそうとした。そこで気がつく。これは袋の中だと。
なにか荷車に乗せられているのか、不規則な振動が身体に伝わる。
傷がそれに合わせて生き返るように痛み出す。
逃げようにもすぐには身体を動かせそうにもなかった。ぼくは落ち着いて周りの音に集中する。
ユニコーン隊で教わったことの一つ。状況確認は怠るな……こんなときに思い出すなんて皮肉すぎる。
 
「兵舎ひとつやられちまったんだろ?」
「清潔にしてたのになあ……まあ、怪我の処理は曖昧だったけど」
「もったいねえことするよなあ」
「でも、流行病を治す薬はない、感染経路も怪我から、以外は不明。ならば焼いて始末するしかあるまいて」
「で、この馬鹿な子供も一緒に焼いて証拠隠滅ってか。皇子様はたいそう気の回るお方で」
 
どうやらハイランドではなにか病気が蔓延しているらしかった。
治療法がないから兵舎ごと……兵士を全員燃やし殺す……一縷の可能性にも、望みにも賭けないのか!?
それじゃあ、ただ毎日おびえて暮らすだけじゃないか、お医者さんを増やすとか、いろいろ食い止める方法はあるはずなのに!
ぼくは昨夜のルカの言葉を思い出した。ぼくの持つ紋章は、確かに輝く盾の紋章だ。
それを使えば、ルカは生かすと言った。お医者さんが、足りていないということだろうか。
 
うろうろと、少ない知能が思案の海を泳いでいく。
ふと、身体が持ち上げられるのを感じた。
 
「悪いな、坊主。袋の口はせめてもの情けだ、ゆるめといてやるよ」
 
身体が一瞬無重力の上に放り出され、それから硬質の床にたたきつけられた。
扉の閉まる音と、低い男たちのうめき声がこだましている。
ぼくは袋から時間を掛けて這い出し、絶句した。
 
ほの暗い広いホールに、ベッドがずらりと並んでいる。
そのすべてに兵士という兵士がくくりつけられ、怪我に巻かれた包帯は紫色の体液でまだら模様を描いていた。
皮膚には白い水疱と、赤い湿疹。黄色の膿がとめどなくあふれ出しシーツを汚す。
口には猿ぐつわ。目が白く濁っている人もいる。うなり声と、一生懸命逃げ出そうとするベッドの揺れと騒音。
ここにいる人はみんな、自分がどうなるか知っているんだ。
ぼくは声を出す決心をした。
ぼくの意志で、ぼくの言葉を淀んだ空気に吐き出した。
 
「みなさん、落ち着いてください、大丈夫です! この兵舎が燃やされる前に、ぼくが皆さんを治します!」
 
這いつくばり、服を土まみれにし、体中を蹂躙の跡で埋め尽くされたぼくの言葉に兵士達は一瞬静まりかえった。
しかしすぐに無理だと思ったのか、また騒ぎ出す。
 
「落ち着いて! 治ったあと、ぼくはベッドの拘束を解いていきます。解放された方々も一緒にほどくのを手伝ってください、そしてみんなで一緒に、扉を開くんです!」
 
ぼくはありったけの力を振り絞って立ち上がり右手を掲げた。紋章は待ち構えていたかのように鈍い緑の光を放っている。
 
「右手の紋章、この人達に力を、病に許しを、お願いだ!」
 
右手から光がほとばしる。ぼく以外のすべてが光で見えなくなる。
それも一瞬のことで、光が静まると先ほどの恐ろしい病の空間は消え去り、兵士達の瞳は驚きに満ちていた。
ぼくは未だ傷まみれだ。その身体を引きずって、一つのベッドを解放してやる。
兵士達はこぞって歓声を上げ、包帯を取り去り喜びの声を上げた。
誰にも気付かれないように静かに隅へ身体を寄せ、ぼくはその光景を見つめている。
身体は先ほど以上に悲鳴を上げていた。
 
驚いたのは火炎放射の準備をしていた兵士達だろう。
生ける屍のような兵士達が、一斉に鍵をかけた扉を蹴破ってきたのだから。
ぼくはその騒ぎを端で聞きながら笑い、そのまま意識を手放した。


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