枝手折るのは

03






「貴様、真の紋章を持っているな?」
 
周りを兵士に囲まれ、力なく膝を折った僕の右手をルカ・ブライトが乱暴に持ち上げた。
まるでもののような扱いだ。気遣うことなく、力を込めて掴んでいる。
銀の指先は冷たいはずなのに、熱い。
 
「これはハーンが宿していたものだな。どこから盗んできた?」
「盗んでなどいない!」
 
思わずでた乱暴な物言いに、兵士の槍先が一斉に僕に向けられる。
僕はここで死ぬのか?
でもそれでもいい、リオウ達が生き延びてくれるなら。僕は力の限りルカをにらみ続けた。
 
「ふん、まあいい、真の紋章、しかも攻撃に特化した黒き刃の紋章だ。使いこなせるようになれば良い戦力になるだろう」
「だれが、お前なんかの戦力になるものか!」
「ふはははは、別に良いのだぞ、お前をえさにもう一つの紋章と引き替えにしてやっても」
 
僕の目の前は真っ暗になった。その表情に気がついたのか、ルカ・ブライトはまた高らかに笑う。
 
「この紋章は対だったろう、俺がほしいのは輝く盾の紋章だ」
「な、なぜ! 力がほしいのなら、戦力を拡大したいのなら」
「俺でさえいつどこで怪我をするかわからん。すべてを許し、守り、癒すという紋章があれば、休む間もなく戦えよう。俺一人で、都市同盟をつぶすことも出来るだろうな。俺がほしがる理由がわかったか、小僧」
 
ルカにリオウを引き渡してはいけない。
この男一人ですべてを統一する、そんな不可能をも、可能にする確率を含む。
なにより、僕がリオウの可能性を、枝を手折るなんてことは出来ない。
 
「……もう一つの紋章を僕は知らない」
 
声に出したとたん、片側の頬に重圧がかかった。口の中に鉄の味が広がるのに不快を感じたときにはルカのいる場所から遠く飛ばされていた。殴られたのだ。ずぐずぐと痛む頬と、つんと痺れしみる鼻。
 
「見え透いた嘘をつくな、俺は知っているのだぞ。仲の良いふたりの人間のみが選ばれて、同時に宿すことをな」
「……」
 
僕は、リオウを守る。ゴポリと鼻の奥が音を出し、血を伝わせる。それを乱暴に拭うと、ルカの元へ這いつくばり、土下座した。
 
「どう、どうか、僕を戦力として使ってください」
 
ルカの足が僕の頭の上に乗った。
「それでいい」の音に合わせて、僕の顔を土に押し込んだ。
 
水の紋章の力で外面だけは怪我の無いように取り繕い、「アナベル暗殺」の任を受け取ると、
僕は王国軍のキャンプをでた。
隠していた私服と一緒におくすりがでてきたとき、僕は力が抜けて涙が流れた。
この暖かさを、僕は守りたい。そのために僕がぬくもりを手放すことになっても。
リストバンドで涙を拭った。隠しナイフのごつりとした感触が冷たくほお骨を走った。
 
ミューズ市の外壁の前、夕闇の中、抱きついてくるナナミとピリカ。
リオウは少し離れて、優しく笑っている。みんな夕日に明るくて、暖かさそのものみたいになっていた。
 
「ただいま、リオウ……いいもんだね……帰りを待っていてくれる誰かが居るっていうのは……」
 
リオウは頷いて、僕の頬に右手を寄せる。怪我に気付かれたのかと思ったが、そうではないようだった。
 
「ジョ、ジョウイ、どうしたの? どこか痛いの!?」
 
ナナミとピリカがおろおろと僕の周りを歩き回る。僕も自分の頬に手を寄せてみた。
また涙が流れているらしい。
 
「ちがうよ、痛いんじゃなくて、その……気が抜けちゃってさ、なあ、リオウ。大変だったもんな」
 
リオウの右手の紋章が輝いた。口の中の痛みと、血の味が消えていく。
一時しのぎの下級紋章の治癒力とは桁違いだ。ルカがほしがるのも頷ける。
 
「ちょっと、リオウ、紋章の力じゃ涙は止まんないよお〜」
 
ナナミとピリカが笑い、僕たちもまた笑った。
僕はこれから、この笑顔と暖かさを裏切る準備をする。
その準備期間だけは、この暖かさに浸かって、一つ一つを忘れないようにしよう。
 
「ね、じゃあ早くかえろ? もうおなかぺこぺこなんだもん」
 
ナナミの笑顔がまぶしい。


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