オリーブの枝はいくつ分かれている?

02


まえもくじつづき




テントの外の騒ぎも落ち着き、皇女の前から立ち去ろうと言うとき、
普段あまり話さないリオウが自発的に声を出した。
 
「ありがとう」
 
皇女はリオウの声に目を丸くした。それは思っても見ない言葉からか、それとも、声に魅入られたのか。
 
「大丈夫です、皇女様。こんなお話を聞いたことがあります。創世記の異論らしいんですけれど、世界が出来たとき、鳩がオリーブの枝を咥えていたそうです。その枝が分かれている分だけ、今と違う世界がある。あなたの鳩が持っている枝は、いくつに分かれていますか? その数だけ、あなたには可能性がある。だからあきらめないでください。きっとうまくいきます」
 
リオウの言葉がじんと体と心の芯を揺さぶっていく。
皇女の顔色はほのかに朱が差し、瞳は力を取り戻そうとしているように見えた。
彼女の枝はいくつに分かれているのだろうか。そして僕は、そしてリオウは。
 
「紅茶、おいしかったです。ジョウイ、行こう」
「あ……ああ」
 
用心深く駐屯地を歩きながら、僕はリオウの声と言葉に興奮を隠せなかった。
 
「驚いたな、リオウがあんなに話すなんて、久しぶりじゃないか?」
 
リオウが困ったように笑う。もう話す場面ではないらしい。
それを少し残念に思いながらも僕は一人で会話を続けた。
 
「オリーブの枝分かれの話、あれ、ゲンカク老師の寝物語だろ? 僕も道場に泊まったとき、一緒に聞いたよな。可能性は自分の心の鳩が持ち、それはどこまでも羽ばたいていけるって」
 
次は、嬉しそうにリオウが笑いかけてきた。
僕は嬉しくなって、さらに続けた。
 
「僕の枝はどこに向かっているんだろう。出来ることなら君と……ナナミに寄り添えていたらいいな」
 
僕がリオウとナナミを守る。いつか言ったように、旅をしながら、商売をしながら。
三人でいつまでも過ごしていければいいのに。
そうした興奮の先に行った夢想に、兵士達がこちらを伺っていることに気がつかなかったんだ。
 
ラウド隊長は、目を背けたくなるような汚らしいにやけ顔でゆっくりとこちらに近づいてくる。
僕はリオウを背にかばい、また、その身体を突き放した。
 
「逃げろリオウ、逃げるんだ! 僕なら大丈夫、僕は必ず後から追いかけるから! 絶対に掴まらないから! 早く行くんだ!」
 
戸惑った表情のリオウは口を真一文字に結んで森の奥へと走っていった。
それでいい、僕は君たちを守る。僕の平穏を、守るんだ。
 
「馬鹿なやつだな、友情を手に取るか」
「うるさい! 僕にとって二人を守ることには意義があるんだ!」
 
右手の紋章がじわじわとその存在を投げかけてくる。
そうだ、僕のこの力があれば、ここにいる奴らなんて全員、刺し殺してやれる。
 
「僕の右手に宿る紋章よ、力があるというのなら、僕に、証明して見せろおっ!」
 
右手を振りかざし、熱くたぎる紋章の熱を空へ放った。
一瞬の光の中に闇が生まれ、剣となってゆく。
恐れおののく兵士達。
いける、やれる。僕は生きて二人のところに戻る!
そのときだった。
 
「我が手に宿る炎の眷属よ、あまたの闇と剣を屠り、溶かし尽くせ!」
 
低いおどろおどろしい声と同時に、揺らめく橙の灼熱が僕の闇を包み、食らった。
真の紋章が、下位の紋章に負けるだなんて、僕は信じられなかった。
目を見張った先には炎の龍を飼い慣らした、僕らの、皇女の危惧する人物、ルカ・ブライトが立っていた。





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