悲しみだけを携えよう
通じるもの
家族の死を悼む間もないのか。
姉の死んだその次の日には、軍の侵攻を決定しなければならない。
自分も経験した非情な日々を、よもやリオウにも味わわせてしまうとは。
ティルは倒れたというリオウの眠る部屋の前でたたずんでいた。
「そんなところで暗い顔しないでよ。リオウの魂も食べちゃう気?」
「そんなことをするわけないだろ! 怒るぞルック!」
すかした物言いに思わず声を荒げて反論すると、もう怒ってるじゃない、と返ってくる。
ティルは何か用か、とだけ言うとだまり込みを決めた。
「僕の知っている君は、そんなに臆病じゃなかったと思うんだけど」
「……」
「動かしてあげるよ」
ルックは瞬きの紋章を輝かせるとティルに皮肉った笑みを向ける。
「な、お前、冗談にもほどが」
「冗談じゃない、イタズラだよ」
非難する声は空間にゆがまされ、手を伸ばした先には眠るリオウの姿があった。
ルックにのばしていたはずのその手を引っ込めると、呼吸音に耳をそばだてる。
規則正しい命の音に、ティルは安心した。
改めて手を伸ばし、その頬に触れようとして、ティルはやめた。
目を覚ますかもしれない。今はゆっくり眠った方が良い。
目を覚まさないように、としていたはずが、リオウは自らその瞳を開いた。
ティルの存在を認めると、笑顔になる。そして手を伸ばしてくる。寝起きの手のひらは白く、ティルの視界をさまよった。
「悲しいんですか」
「悲しいのは……君だろ……」
宙をさまよう手を取ると、リオウは身体を起き上がらせた。
「夢を見ていました。ジョウイの……親友の夢です。彼も決意を新たに、ぼくと真っ正面から戦うつもりみたいです」
ティルは首をかしげ、いきなり夢見を語るリオウの真意を測ろうとした。
「ぼくの見る夢は、いつも、ハイランドの情勢です。それと時折、闇の中で泣いている人を見ています」
「……どうしたの、いきなり……そんな」
「神話の夢は、見たことがありません」
ティルはリオウが何を言いたいのかわかった。
これはいつかの朝の続きだ。
「闇の中で泣いている人がそうだというのなら、ぼくは否定します」
「どうして……」
「だって、闇の中の人はあなただから」
「リ、オウ……」
紋章を持たない手のひらで触れているのに、同じように吸い付く心地がした。
「ぼくは、あなたの泣く場所になりたいです」
「ナナミは……」
「生きてます。キャロの家に、戻ってる……」
「それは、君の夢……?」
「はい、夢です。でも確かな現実なんです」
微笑むリオウの表情に、嘘はなかった。
「ねえ、僕に何か願い事はある……?」
「一緒に、戦ってくれますか」
「うん……それが終わったら、僕のお願いも聞いてくれるかな」
リオウは躊躇することなく頷いた。
再び眠りにつく彼の伝えようとしてくれたこと、自分の思っていること、
今度こそ願いに乗せて、伝えよう。
ティルは右手に右手を重ね、部屋を後にした。