悲しみだけを携えよう
夢か現か
ティルは黒き刃の紋章と、宿主の少年のまがまがしさに目を見張った。
その力は絶対的、そして感情はすべてリオウに向けられている。
いつか見た夢と同じ光景を寸劇で見せられたような気分だった。
なんだろう、あの少年のリオウに対する盲目的な感情は。
長らく安定していた右手の紋章が、怒るように暴れ出した。
落ち着いて片方の手のひらでさする。
怒りがティルの頭に巡り、いつかの痛みが走っていく。
その脇を軍師が走り抜け、リオウの居るその場所は慌ただしく人が動いていた。
動かないのはリオウと、その姉。
本拠地の診療所の前に人だかりが出来ていた。
その中心にいるのは迷うことなくリオウだ。
それを取り囲むようにティルの知っている人物がリオウ以上に取り乱していた。
ティル自身は客将と言うこともあり、診療所から少し離れたテーブルに落ち着いていた。
そばには探偵屋と、おばあちゃんの知恵袋なる人物がたたずんでいる。
「助かってほしいな」
リッチモンドのつぶやく言葉に、ティルは同意する。
「ああ、血の通った兄弟を亡くす、なんてことはやめてほしいな」
「おや、リオウのことを知らないみたいだな、ティル・マクドールさん」
不意につぶやかれたフルネームと、リオウのことを知らないと言われて、ティルはあからさまにむっとした。
どうもそういった身の上話をリオウはしたくないようだったし、気を遣って触れないようにしてきたのだ。
それを得意げに知らないようだな、といわれては、不機嫌にもなるというもの。
「こういった時に金を取るもんじゃあないしな、今回だけ特別サービスだ」
癖のように手のひらでもてあそぶコインを高く放り上げる。
騒ぎの中で二人の会話は周りに注意すらされない。
ティルはリッチモンドの語るリオウの身の上に隠すことなく驚いた。
リオウが孤児だと言うこと。キャロの出身であること。ユニコーン少年兵隊に所属していたこと……。
以前感じた絶望が、無意味なものとなるように、ティルの中に真実が組み重なってゆく。
「ああ、あとは、俺独自の調査だが、どうもリオウは赤月帝国の百戦百勝将軍に連れてこられたらしいから、トランの出身なのかもな」
決定的だ。
守り、慈しみ、大切にしたいと願っていたコト。
その幼子への感情が、リオウと出会ってからひっそりと静まっていったのは。
感覚でリオウをコトだと理解し、感情が追いついていなかったというのか。
ならばリオウに対する自身の感情に、ことさら自信が持てる。
僕はリオウが好きだということ。ずっとそばにいたい。共に笑い、慈しみあいたいということ。
でもリオウの僕に対する感情は紋章に同調したものなのだ。
自分の感情にまっすぐなリオウは流されてしまうだろう。そんな嘘の関係は嫌だ、とティルは自分の感情の名前をリオウに告げることはやめようと考えた。
浮き沈みを続けるティルの思考に、リッチモンドは口をつぐみ、視線を診療所へ向けた。
治療は未だ終わっていないらしく、不安感は後から後からつもっていくようだった。
ティルも今全員が抱く感情とはまた違った不安定さを抱きつつも診療所に目をやった。
扉が開き出てきた医師の表情は、愁いに満ちていた。
リオウの表情が固まる。