悲しみだけを携えよう

悲劇に向かう


まえもくじつづき




軍を動かさなければ、と急いで帰っていったリオウが再びグレッグミンスターへ足を運んだのは、それからしばらく経ってのことだった。
扉が開いた先にいる、ティルが今なおどこか焦がれた感情を抱く人物。
その泣きはらした顔に、体中がかき混ぜられるのを感じ、何があったのかと慌てて問いただす。
 
「な、ナナミが、ナナミが」
 
ナナミというのはリオウという、目の前でぐずり続ける隣地の同盟軍主の姉のことだ。
一緒に戦争をしていると言うことで、もしかしたら不幸があったのかもしれない。
マクドール家に静かな緊張が走った。
 
「ナナミがついてくるって言うんです」
「……詳しく聞かせてくれる?」
 
リオウが言うには、騎士団領を攻め落とすためにロックアックス城にこれから乗り込んでいくらしい。
危ないため姉を本拠地にとどめておきたかったのだが、どうしてもついてくると言って聞かない。
数時間泣きわめき懇願しても姉の意志は変わらず、思いかねてここまで走ってきたらしい。
ビッキーの能力は偉大だ、とティルは改めて思い、どうしてここに来たのか、とリオウに問う。
 
「ティルさんなら、コウのこともあったし、聞き入れてくれるかもと思って」
 
狙いは良いが、数時間泣きわめいても聞き入れなかった姉に通用するのかどうか。
それでもわずかな可能性に賭け、ここまできてくれたことをティルは素直に嬉しく思った。
 
「でも、うまくいかないかもしれない。それでもいいの?」
「ティルさんの戦闘能力なら、ぼくがナナミに気をとられても戦力の抜けをカバーできると思いますから、かまいません」
 
山賊相手と、モンスター相手の身のこなしに多大な評価をもらっていたことに気をよくする。
ティルがうまくいかなくても怒らないでね、と声を掛ければもちろんだと笑顔が返ってくる。
これら一連の会話の中にいつかの朝の出来事のような艶めいた雰囲気はなく、
ティルは安心し、また残念に思っていた。
 
リオウは以前会ったときよりも明るい。
終戦も間近だからか、それともお互いに嫌っていなかったという真実と、紋章を持つ連帯感からだろうか。
どちらであろうと元気なら良い、とティルは愛用の武器を持つとリオウについてグレッグミンスターを後にした。
 
ティルの危惧は惑うことなく大当たり。
ナナミはティルの説得も聞かず、とうとう城までついてくることになった。
静かに荘厳な城を歩きながら、一行はマチルダ騎士団の旗を目指した。
旗を焼き、同盟軍の旗を代わりに掲げることで戦意喪失を促し、争いを早く終わらせるのが目的だ。
シュウ軍師はマッシュの弟子だと言うが、頭のキレ方、リオウにストレスを与えない迅速な兵法、論法。
そのすべてが師より勝っているのではないか、とティルは思った。
なによりこの同盟軍は、すべてがリオウを大切に思っている。この軍隊なら、国を平定しても文句を言うものは少ないだろう。
 
旗も近くなってきた、いよいよの時だった。
とたんに周りが騒がしくなり、少数精鋭のリオウ一行で太刀打ちできるかどうかわからないほど多くの足音がこちらに向かってきている。
 
「ここは僕たちで食い止める。君たちは、はやく旗へ!」
 
兄弟は一緒にいた方が良いと反射的に判断したのが間違いだった。
結果ナナミは強弓に倒れ、リオウとそこに居合わせたかつての親友を悲しみと怒りの深淵へと追いやったのだ。
心配になって駆けつけたティルが見たものは、
敵軍皇王、ジョウイ・ブライトと同盟軍主、リオウが騎士団長ゴルドーに憎しみをぶつけにかかる姿だった。


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