あるというならば

気づいて、手を触れて


まえもくじつづき





朝の光が夜闇を紫に溶かしていく頃、自室の扉が開くのをティルは鮮明な聴覚で迎え入れた。
ベッドの上で安らかに眠るリオウの姿を見て、息をのむ従者の空気音。
ティルはそれに合わせて身体を起こした。
 
「グレミオ、おはよう」
「っお、おはようございます、坊ちゃん」
 
グレミオの声は反転し、うろたえた流れの言葉が返ってくる。
ティルは予想通りの反応に笑いながら、静かに会話を続けた。
 
「僕が眠れていたのは、この子のおかげなんだね。そして、それを願ったのはグレミオだろう」
「は、はい、すみません、勝手なことをして……」
「それはいいんだ。でもどうして、堂々と招かなかったの」
 
ティルの言葉に、グレミオは続ける。その理由に耳を疑う。
 
「僕に嫌われているからって、この子が言ったの?」
「はい……いつかバナーの村でさわるな、と坊ちゃんに言われたことを深く受け止めてるみたいです」
「そんなの、僕だって嫌われてると思ってたよ。いつかこの街で姿を見かけたときだって、寄ってくれなかったし、そりゃあ、僕はなぜかこの子にはうまくしゃべれないよ、でもそれがどうして僕が嫌うって結論になるんだよ」
 
思わず強く出た言葉にティルは慌てて言葉を止めた。
案の定、安らかな寝息を立てていたリオウが、ゆっくりと目を覚ます。
開ききった目で慌てて身体を起こした。
 
「あれ、ここ、宿じゃない」
「おはようございます、リオウくん。ばれちゃいました」
「え?」
 
しっかりした表情に思考はまだ追いついていないらしいリオウが隣に座っているティルの姿を見つけ、慌ててそこから逃げようとする。ティルは腕をつかんだ。今回は躊躇しない。
 
「どうして逃げるの」
「あ、だって、ぼく勝手にお邪魔して、勝手に手を握ってたから、えっと、眠っちゃったし、しかもベッドで、それでティルさんは目を覚ましてて、だから」
「僕は君を嫌ってなんかいないよ。だから落ち着いて、隣に座って」
 
ティルの強い言葉にリオウは素直にベッドの縁に腰を下ろした。
ティルはそれを見て満足すると、グレミオに視線で退室を促した。心得ているグレミオは、軽く会釈をして部屋から出て行った。
朝の静けさが緊張をもって沈黙を引き出していく。
 
「最初に、お礼を言うよ……僕が眠れていたのは、君のおかげなんだね」
「いえ、そんな、ぼくのおかげじゃなくて、紋章の力だと思うし」
「紋章?」
 
ティルの疑問に、リオウは自身の右手を見せる。
輝く盾の紋章がそこにあり、ティルは眉根を寄せた。
同盟軍のリーダーは真の紋章の持ち主、ということは聞いていた。その内容までは聞いておらず、夢に見た盾がそこにいたのだ。驚きと共に闇の紋章が熱く焦げるような感覚を宿主に与えた。
 
「輝く盾の紋章……君が……」
 
ティルは自身の紋章をその盾にゆっくりと寄せた。
少年の硬い皮膚の感触が、ゆっくりと柔らかく馴染んでいく。
夢の中で、盾に伸ばされた手のひらにきらめいた感覚が、触れられた事実をもってティルの中に駆け巡った。
ソウルイーターが魂を刈り続けていたのはこれに出会うためだったのか。
どの魂にも求めるものはなく、そうして悲しみ続けていたのか。
 
リオウの指先が、ティルの頬に触れた。
いつの間にか涙が流れていたようで、拭ってくれる少年の表情はいつか見たあの切なさに覆われている。
 
「ぼくの紋章は、ずうっと深い悲しみを探していました。それは、やっぱりティルさんだったんですね」
 
恥ずかしさのぎこちなさの中で、リオウは微笑む。
ティルはリオウの頬に触れる手をつかみ、その行為をやめさせると、眉を寄せて笑う。
 
「でも、紋章と僕は違うよ。君だって、そうだ。僕たちは、紋章の感情に振り回されてるんだ。そうじゃなきゃ、こんなのおかしいよ」
 
左の手のひらをお互いに絡ませ、それを二人は見つめた。
右手の紋章は未だ重なったまま、甘い感覚を二人に与え続けている。


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