必要とする場所はそこに

悪夢の形、ひとつのかたち


まえもくじつづき





悪夢はいつも、自分の奪ってきた命の終わりを繰り返す。
そうだったはずなのに、この悪夢はそれとはまったく違っていた。
 
ティルが自分だと認識する自分ではないものが、輝き続けるかけらを抱きしめ、泣いていた。
その悲しみはいつも紋章から感じるものと同じように、いや、それよりも強いもののように感じる。
 
「次は、次に会えたときは、迷わず君に言おう。ずっとそばにいてほしいと。そして君に、守るだけじゃない力を授けよう」
 
悲しみはすべてを闇に包んでいき、沈黙だけが漂う。
 
どこまでも、どこまでも静か。
 
自分しか居ないからだ。
 
それが悲しくて、憎くて、闇は涙を落とした。
片方の涙は悲しみ。それからは盾が生まれた。
片方の涙は憎しみ。それからは剣が生まれた。
盾は慈しみを、剣は愛情を携えて闇を照らした。
 
そして闇はその形を得た。
 
剣と盾は兄弟で、お互いを慈しみ、愛し、仲むつまじい姿を闇に見せる。
闇はその姿を見ているだけで良かった。
一人じゃないと思えるだけで良かったのだ。
 
あるとき、その闇のそばに盾がひとり近づいてきた。
やわらかく微笑むと、闇に並んで腰を下ろした。
 
あなたはどうして悲しみを隠しているの、と盾は聞いてくる。
闇は隠してなんか居ない、といった。反射的なその言葉に、盾はかぶりを振った。
 
「私は、あなたの泣く場所になれませんか」
 
盾の申し出に、闇は思わずその穏やかな表情を凝視した。
その場所がほしいと泣いた瞳は二つ。涙は二粒。結果あぶれてしまった自分はそれで良いと思っていた。
遠く美しい光である盾に焦がれていた自分。今そばにあるのは望んでいた言葉。
なのに闇は言葉が出なかった。剣のことが気になったからだ。
ひとりあぶれることになる愛情あふれるあの剣は、どうなるのだろう。
そう考えると、闇は喜ぶ言葉を発せなかった。
きゅう、と胸が詰まるこの苦しみは、悲しみでも憎しみでもなく、
それ以上につらい痛みだった。
 
何も言わない闇を気遣うように盾は傍らで微笑み続ける。
闇は何も言うことなく、雰囲気だけを大切に受け取った。
ただそれだけのことだったのに、良く思っていなかったのが、くだんの剣だ。
愛情は憎しみとなり狂気となる。
剣が盾に斬りかかったのを見たとき、闇は後悔した。
 
愛する君ですら僕は傷つけることが出来る、という剣と、
この意志は誰にも傷つけることは出来ないという盾。
 
粉々に砕けた兄弟。
痛みは弾けて、闇は輝く盾に手を伸ばす。
 
「僕の涙は、君だけのものだ。兄弟などいらない。君だけがほしかった」
 
闇は粉々になった輝く盾を抱きしめる。
くるしい、くるしい、くるしい。
 
「次は、次に会えたときは、迷わず君に言うよ」
 
喉の詰まるような苦しみにティルは跳ね起きた。
見開いた目に映るものは闇だったが、窓から差し込む月明かりに、ここが夢ではないと安堵する。
うずく右手の紋章と、枕元にある紋章神話の本。
変な夢を見たのはこのせいか、と髪をかき上げる。手のひらに水分を感じる。
頬に走る涙の筋に、ティルは眉を寄せた。


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