必要とする場所はそこに

いらいら悪夢


まえもくじつづき




コウの事件の後、グレミオはリオウにいつでも遊びに来るように、といっていた。
ティルはその様子をそばで見つめていたのだが、リオウはこちらをそっと伺うと、また来ます、とグレミオに笑いかけていた。
帰って行くリオウの後ろ姿を見ながら、彼の腕をつかみたい衝動に駆られたが、どこからその感情がわき上がってくるのかわからず、ティルはただ黙って見つめているだけだった。
 
そして当のティル自身は事件以来、グレッグミンスターの実家でゆっくりと過ごしていた。
紋章が静かになりよく眠れるようになったからだ。
リュウカン先生が言うには故郷で気持ちが落ち着いたからだろうとのことだった。
ティルはそれをすんなり受け入れると、毎日を気持ちよい眠りで明かしていた。
 
「坊ちゃん、最近顔色も良ければ、表情も良くなってきましたね」
 
従者の笑顔に、ティルは照れくさく思いながら答える。
 
「うん……ゆっくり眠れるだけでこんなに安定するとは思わなかった」
 
毎日を心地よく眠る、そうすると食事がおいしく思える。守れなかったコトへの悲しみも薄れてくる。
悲しくないといえば嘘になるが、それを薄めなければどこまでも気持ちが沈むことを毎度身をもって知るティルは、思い出になっていくコトへの感情を受け入れようとしていた。
 
「あの子、来ないね」
「ん? リオウくんですか? そうですね、彼も忙しいでしょうから」
 
リオウは今もなお戦いの中に身を置いているのだろう。
かつての自分と重ね合わせれば、気軽に遊びに来ることは難しいとわかる。
それでもティルは少々不機嫌に思いながら、今は亡きテオの部屋から本を一冊借りると自室へと向かった。
 
差し込む陽気に誘われるように窓のそばに立ち、ページをめくってみる。
光に反射して輝くその文面は、紋章神話を綴っていた。
幼い頃から何度も読み返した古い話。懐かしさに浸っているティルの視界に、見知った赤い影が通り過ぎていった。
 
リオウだ、と本を閉じ、窓からその動きを注意深く見てみる。
交易所に入ったようだ、そして肩を落として出てくる。
落ち込んでいたかと思えば、トマトの苗を譲ってもらったりしている。
 
あの子の本拠地は、畑でもしてるのかな。
せわしなく街を走り回るリオウの姿になぜか胸が躍る。
そのうちこの家にも寄ってくれるだろうか。
ティルは待っていたと思われないよう、努めて冷静に本を繰っていく。
気持ちが、明らかに浮上しているのがおかしかった。
 
夕闇も過ぎ、グレミオが夕食だと扉を叩く。
そこから出てきたティルは、不機嫌だという主張を体中から発していた。
 
「ど、どうしました、坊ちゃん」
「べつに」
 
いつまで待っても、リオウが扉を叩く音は聞こえなかった。
そのことが、ティルの羽の生えた心地をもぎ取っていた。
真っ逆さまに地面にたたきつけられたようだ。食卓を囲み、ワインをゆっくりと嚥下しながら、ティルは自嘲する。
 
そうだよな、僕は嫌われていて当然なんだ。
愛想も良くなかったし、関わりたくないと思われているのかもしれない。自業自得じゃないか。
本当はグレミオ相手みたいに話したいけれど、どうしても言葉が出ないんだから、仕方が無いじゃないか。
 
ふつふつと落ち込んでいくティルを、従者三人は何事かと見つめた。
 
そうしてその夜から、またティルは悪夢に悩まされるようになっていく。


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