気付くことが出来るでしょうか

気づかず、触れて


まえもくじつづき




ティルの実家だというお屋敷にリオウはやってきていた。
城の門でティルを待っていた従者の一人、クレオと名乗る女性に、なぜか親近感を覚える自分を変だと思い、
今こうしてはじめて通される屋敷に、なぜか胸が詰まるような感覚をリオウは覚え、戸惑った。
 
ティルと共に待つようにと食卓のテーブルに腰を落ち着けるも、二人の間に会話はない。
リオウはティルの顔を盗み見てみる。はじめて見たときと同じように暗い表情に、今は疲れが加わっていた。
 
「ここに泊まるの?」
 
ふいにティルに問いかけられ、宿を取っていることを伝えると、会話は再び無くなり、沈黙が漂う。
そうしているうちにパーンが加わり、ティルの表情は幾分穏やかに、青年と会話を始める。
クレオとグレミオが食事を運び、各々のグラスにワインをつぎ終えると、
和やかな食事が始まった。
 
シチューを口に含み、おいしい、とリオウは飲み下す。
そうするとクレオにほほえみかけられ、リオウはそれに恥ずかしくうつむいた。
初対面なのに、この旧知の仲、といった対応をしてくるのはどうしてなのだろう。
グレミオにもその事はいえた。もしかしたら彼が彼女に自分のことを話したのかもしれない。
リオウはそう結論づけると、自分の人生がある種の人間にとって迷惑とも思える同情を浮かべてくることを理解し、再び恥ずかしくなった。
 
「坊ちゃん、飲み過ぎですよ」
 
グレミオの心配する声にリオウは顔を上げ、隣にいるティルを見た。
今もボトルからワインをつぎ足し、水か何かのようにあおっている。
 
「今日は疲れたし、たくさん飲んだら熟睡できるだろ」
「あー、そうかもしれませんけど……」
 
ティルの言葉にグレミオはしゅんと落ち込み、食事を再開する。
とうとうティルは一人でボトルを二本開けてしまい、あげく早々に自室に戻っていた。
 
リオウはグレミオの後片付けを手伝いながら、先ほどの酒をあおるティルの姿を思い出しながら問いかける。
 
「あの、もしかしてティルさんって、寝付きが悪いんですか?」
「うーん、寝付きが悪いというか、紋章のせいだと私は思っています」
「紋章の?」
 
洗い上がった食器を受け取り、リオウはそれを丁寧に拭きながら聞き返す。
 
「友達から受け継いだ、それはたいそうな紋章なんですが、人の魂をばりばり食べちゃうようなものなんです。あげく、悲しいと泣き出すらしくて。紋章の夜泣きで眠れないんでしょうね……」
 
グレミオの言葉は本当のようであり、何かを隠しているようにも思えたリオウは、自らの紋章のことを考える。
人を慈しむためにある自分のものとは違うだけに、想像がつきにくい。
紋章が悲しむなんて事、あるのだろうか。
 
物思いにふけるリオウに、グレミオは笑いかける。
 
「あ、怖くなりました?」
「いえ、ちがいます。その、紋章が悲しむなんて事、想像できなくて……」
「ですよねえ。まあ、今日はたくさん動いてたくさんお酒も飲みましたから、ぐっすり眠れてるんじゃないですかね」
 
最後の食器を拭き終わり、沈黙の時間が流れ始めようとしていたことにリオウは気づき、
グレミオにティルの様子を見てくると伝えると、続く言葉も待たずに台所を後にする。
 
二階の隅にあるティルの部屋は、ひっそりと静まりかえっている。
夜の静かな時間。眠りにくい様子は感じられない。
それでも何となく、なんの気まぐれとわからずに、リオウはゆっくりとティルの部屋の扉を開けた。
 
ベッドの上に、静かに横たわる身体。
うつぶせで眠っているらしかった。
 
軽く曲げられた腕が力強く握りこまれ、細かく震えているのに気がついたとき、
リオウは迷わず手をとった。
昼間さわるなと言われたけれど、気付かれないなら大丈夫だろう、と。
 
手袋を外した右手には、焼き付くような闇の紋章があった。
リオウはそれを見たことがあると思ったが、仲間の宿している紋章とは少し形状が違っていた。
闇の眷属の紋章だろうか、魂をばりばり食べる?
リオウは図書館でめくった文献を思い出し、それが真の紋章の一つ、ソウルイーターだと決定づけた。
自身の近しいものの魂をかすめ取っていくと言われる紋章。
そんなものを抱えているのなら、眠りにくくなっても仕方がないだろう。
 
右手に右手を重ねると、吸い付くような感触が走る。汗ばんでいるのかと確認しても乾いており、自分の思い違いか、と再び重ね合わせる。
ティルの身体の緊張はリオウが手のひらを握ってからゆっくりとほぐれていき、その表情も安らかなものになっていく。
もし真の紋章がこうして宿主の精神をむしばむというのなら。
不老を与えられても苦しみしかないのではないか。
リオウは落ち着いて眠るティルの寝顔を見つめながら、不安に思う。
 
「あなたに泣く場所はありますか」
 
問いかけられた本人は、眠りの中にいる。


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