幾度泣けども君はなく
思惑かすれかすれて
グレミオはティルの体を引きずるように、ようやっとバナーの村まで歩を進めることが出来た。
グレッグミンスターを通るのが嫌なのか、ティルは宿屋から動こうとはしない。
ベッドでずっとたたずんでいるのも人目に奇妙に映るだろうと、
グレミオは宿の裏手にあるため池での釣りをティルに教えた。
ティルは頷いて素直に池に糸を垂らした。
グレミオはその様子を見届けると、彼に興味を持つ子供から守るために、細い通路をふさぐのだった。
ティルはグレミオが遠ざけにかかる子供を嫌いではなかった。
むしろ好ましいとさえ思っていた。
コトがあのまま少し育てば、コウのようにやんちゃで、おしゃべりになっていたんだろうとか、
そんなことを考えて少し気が楽になるのに。
ここにコウが居るから、僕は動けないのに。
ティルはグレミオの背中をちらりと見、そして視線を水面に戻した。
このため池のように、いや、それよりも深い穴が体に空いたようだ、とティルは右手をさすった。
いつもなら悲しむ声を聞かせる紋章が、今日に限ってひどく静かだ。
それはいつも聞いている環境音が無くなった不安のように、ティルの空洞に響く。
悲しんでくれないと、僕の悲しみはどうすればいいの。
体中にまとわりつく大切な人を殺してきたという自責の念にどうやって耐えればいいの。
目をつむれば死の瞬間がよみがえり、目を開けば何もない空虚な世界。
これから長い間、気も遠くなるような時間を生きろというのか。
手にした竿を揺らしてみても、泳ぐ魚の興味を引くことは無かった。
そのとき、グレミオ以外の人間の気配がした。
横目で見れば、コウと似た格好の少年がこちらを見ていた。
気付かないふりをしてみたけれど、ティルにはなぜかその視線が気になって仕方がなかった。
その折、ティルの耳にコウの間の抜けたような叫び声が聞こえた。
ちょっと考えればいたずらだとわかるものなのだが、グレミオは飛び出していってしまう。
それをあいも変わらずとティルはみとめると、釣り糸の行方を見つめる。
釣果はいつものごとく期待できそうもない。釣る気はないので、その方がティルにとっても気が楽だった。
そろそろ引き上げてグレミオのところに向かうか、とティルが視線を動かした先に、あのコウによく似た格好の少年が近寄ってきていた。
「あなたは……」
その問いかけに答える気力はない。
釣り具をまとめると、グレミオの元へ歩き出す。
「寡黙って言うか、暗いだけだよね、言っちゃ悪いけど」
少年と一緒にいた少女のつぶやきが耳に届いた。
誰にどう聞いたのかは知らないけれど、そう見えるのか、とティルは今の自分の状態を理解することが出来た。
どうやら闇の紋章にふさわしい人間になったのかもしれないな、と右手をさすってみても、紋章はただいつも通りに右手に張り付いているだけだった。
いつもと違うのは、紋章も、自分自身ですらも嘆き悲しんでいないだけ。