幾度泣けども君はなく

何か言っている、気づけないだけで


まえもくじつづき




右手の紋章の悲しみが心地よいものではなくなった。
眠れば自分のあやめてきた人間が、その瞬間が生々しくよみがえり、安息の場所を奪い去っていく。
慟哭やむせび泣く声は悲しみではなく、もはや後悔と懺悔の嵐になっていた。
気付けば眠ることをしなくなり、ティルは朝も夕も夜も、ただ目を開けてベッドにたたずんでいる。
 
それではいけないと思ったのがグレミオだ。
ティルに優しく話しかけ、眠ることが出来ないのなら、リュウカン先生に見てもらおうと口にした。
なにより、このままキャロの街に居続けては、ティルの精神を傷つけ続けるだろうから。
 
「今ならもうラダトの水門も開いているでしょう。帰りは楽です。リュウカン先生によく眠れるクスリをもらいましょう、ね、坊ちゃん」
 
ティルはグレミオの動く口を見ながら、何を言っているのかわからないまま、
ただ気だるげに首を傾け、シーツの波を見つめた。
 
ティルの耳ではただただ記憶の端々が大声で叫び続けていた。
それは紋章のせいではなく、
純粋なるティルだけの悲しみが、その体を包み浸食していることに、自身は気付こうとしなかった。


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