その場所を壊していく

戦いを前に


まえもくじつづき




祖父の名と、祖父のもっていた輝く盾の紋章を宿していた、それだけで少年は同盟軍という歴史を動かすための礎になってしまっていた。少年の親友とは敵対する関係を結んでしまうことになるというのにだ。
少年の姉は、嫌なら断って良い、と言ってくれたのに、どうして軍主としての立場を選んでしまったのだろうか。
 
リオウはトラン共和国に同盟を承諾してもらった折に大統領から贈られた、瞬きの手鏡に自分の顔を映しながら考える。いつか見たときの自分の頬には赤みが差していたはずだが、そこに映っていたのは土気色をした覇気のない顔だけだった。
 
「何してるんだい、リオウ。ナルシストの気でもおありかな?」
 
トランの大統領の息子、シーナがリオウの肩に腕を回すように聞いてくる。
リオウはそれをさして気にとめることもなく、鏡の表面を撫でた。
 
「なんでも……」
「へえ、なんでもないってことかい? 俺にはいっぱいあるぜ」
 
シーナはリオウの頬をつねる。鏡に映るリオウの片頬だけ、薄赤に染まった。
 
「いっぱいあるって、なんですか?」
「お前、バナーの村から国境警備隊のところまで、さして迷わなかったよな、なんでだ」
「お前、元はハイランドの人間だったんだろ? なんで同盟軍のリーダーしてんの?」
「でもさ、お前はハイランド人っぽくないんだよな、訛りはそれっぽいけど、雰囲気がさ」
 
リオウは自分が悩んでいたことをずけずけと聞いてくるシーナの顔をまじまじと見つめた。
しっかりと手入れしているのだろうか、青年の肌はきめが細かかった。
 
「答えろよ」
 
シーナは考えるリオウにしびれをきらしたのか、両の頬をつねってくる。
鏡に映る顔は、頬の赤い、いつか見た自分と同じ顔になっていた。
 
「えっと、ぼくは、孤児です。ゲンカクじいちゃんに育てられました。出生はわからないので、ハイランド人じゃないのかもしれないです」
「ふうん、難儀なもんだな」
 
リオウの返答に、シーナはつねっていた頬を手のひらで優しく馴染ませてくる。悪い人ではないようだと、リオウは話を続けた。
 
「どうしてリーダーになったのかは、じいちゃんの名前と、紋章のせい、っていえば簡単ですけど、僕自身、よく分かりません」
「うんうん、そんなもんだろうなあ。親父に何で戦争してるのかって聞かれたときもわからねえって言ってたもんな」
 
シーナは頷きながら、馴染ませていた手のひらの力を悪気があるのか無いのか、力を込めてこね回してくる。
頬は上下するが、しゃべれないこともないかとリオウは続ける。
 
「道を迷わなかったのも、よく分かりません。もしかしたら、ぼくはそのあたりで生まれた子供なのかもしれないですね」
「おお、そうか、同郷か、いやあ、俺ここに居やすくなったなあ。リーダーと同郷だって言ったら何人女の子引っかかるかなあ」
 
シーナは頬をこね回す動きをやめ、リオウの背中を大きく叩いた。
そして満足した、とのびをすると、リオウをおいて歩き出す。
どこに行くのかと訊ねれば、図書館のエミリアさんのところへ行くらしい。
リオウはため息をついて腰を下ろした。
 
「ちょっと、ここでくつろぐのやめてくれないかな」
「え、あ、ごめん、ルック」
 
シーナとリオウが居たのは本拠地中二階の大広間。彼らの会話はルックが守る石版の前での出来事だった。
さんざんいじられた頬で崩れた表情のリオウにルックはひたすら悪言を浴びせてくる。
リオウはルカ・ブライトとの対決の前なのに、どうしてみんな緊張しないのか、と
ルックの言葉を聞き流しながら思っていた。


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