ほうと鳴くのに君はなく

忘れた場所


まえもくじつづき




キーロフの宿屋での夜食。
ティルは暖炉を前に足を伸ばし、カナカン産のワインを少し嘗めては、薄いチーズを口に含んだ。
こなっぽい食感のチーズは、濃い赤いワインがまろやかにしていく。
 
ゆっくりとした足取りで国中を回り、なぜか後回しにしてしまっていたのが
寒いダナ地方だった。
自身が寒さが苦手だったのかもしれない。いや、寂しそうな土地だから、気後れしていたのかもしれない。
そんなことを考えながらティルは窓の外に視線を向けた。
真っ暗闇は星の瞬きすら映してはくれなかった。
 
「もう三年は経ちますね」
 
同じように暖炉に向けて足を伸ばし、旅に扱うマントを繕っているグレミオがしみじみとつぶやいた。
 
「ビッキーのテレポートがなかったら、戦争はもっと長引いてたかもな」
 
ティルの言葉に、グレミオはそして瞬きの手鏡もね、と追加しながら声に出して笑った。
 
「もう三年か、実感湧かないなあ……国は全部回っちゃったし、何しようかな……」
「あれ、坊ちゃん、一つ忘れてますよ」
「え、そうだっけ」
「カレッカの村、忘れたらかわいそうですよ」
「カレッカ……虐殺事件があったところだろ、誰も手をつけてないし、廃墟同然の」
「いえいえ、レパントさんが復興させようと頑張ってるみたいですよ」
「ふうん、じゃ、ちょっとは見栄え良くなってるかもな」
 
明日行ってみよう、とティルはグレミオに声を掛け、ワインの栓を閉めた。
グラスに残ったワインをあおると、冷たいベッドに潜り込む。
酔いのせいか紋章の嘆きが遠く感じられる。
 
ああ、さむい。
そうか、かなしいのとさむいのと、少し似ているから、来る必要がないと思っていたんだ。
右手はいつも寒く凍えるように悲しんでいるから。
ああ、……さむい。アルコールが早く回ってくれればいいのに。



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