滑稽な平行世界論理

eX04:ふいに降り立つ灯火のように


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最近、なんだかくさくさしている。
晴れたり曇ったり、雨がふって嵐が来たり、天気の方が毎日のバリエーションが豊かだと思う。
幸せな毎日は退屈だからこそ、童話はそこに至るまでで終わっているのだとこのときはじめて理解した。



童話の中に住んでいる訳じゃないから、毎日の単調さに飽き飽きしている。



だけどそれはぼくだけで、ルカには毎日の政務があるからこの感情はわからないんだろう。
空を眺めて、部屋を掃除して、本を読んで、お菓子をつまんで、時計の針とにらめっこをする。
なんにもしなくて良いことは贅沢だと思うけれど、罪悪感や、自分の宙ぶらりんな立ち位置に妙な焦りを覚えることがある。



……抜け出してみようか、この城を。
キャロには、ナナミやジョウイから続いた人間がいる。
たしか、臨月の娘さんがいた。そろそろ出産を終えている頃だろう、陰から少し見守りたい。
それが無理なら、ルルノイエの街を歩いて、懐かしい顔をした人間を捜して歩きたい。



そっか、ぼくは、ひとりなんだ。
曇った空を見上げて、心にある浮遊感の答えに気がついた。



どうしよう、僕の知る人がいない、僕を知る人がいない。



怖くなってどうしようもなくなって部屋を飛び出そうとした。
扉を開けて顔に飛び込んできたのは、厚手の綿素材……ルカの着る服の感触。



「どうした」



いきなりぶつかってきたぼくに驚くでもなく、ゆっくりと受け入れてくれる声と動きに、
自分の恐怖心が収まっていくのを感じていた。
大丈夫、ぼくはひとりじゃない。彼がいる限り、ぼくはひとりじゃない。



「……なんだ、そんな泣きそうな顔をして」
「ご、ごめん」



落ちついた体を離そうと胸に手をやると、肩をつかまれ、視線を合わせてくる。



「……まさか、逃げだそうと思ってはいまいな?」
「そんなこと!」



顔をおもいっきり左右に振ると、ルカの緊張した面持ちがほどけ、やさしく息が吐き出される。
その雰囲気に、妙な同調性を感じた。







ソファにふたりならんで座る。侍女がティーセットと一緒にジャムの添え物をしてくれていたので、それを少し舐めて紅茶に口をつけた。
花のジャムの香りと紅茶の風味が鼻から抜けて、心に安寧を与えてくれる。



「ねえ、ルカは怖くない?」
「あ? 何がだ」



おやつのリーフパイをさくりとかじるルカが、眉を寄せる。



「ぼくたちより、みんなが先に死んでいくこと」
「……そうだな……血族は続くが、気の置けない存在はいなくなってしまった」



「そうだよね、それ、さっき考えてたら怖くなって、どこかへ逃げ出したくなっちゃったんだよ」
「どこに逃げ出したかったのだ」
「わかんない……毎日、時間をもてあましてて、どこか行きたいってのは考えてたから、外だろうけど」
「今もか?」
「今は……大丈夫……ちゃんと逃げ出せたから」
「お前はここにいるだろう」
「そういう逃げってことじゃなくて……怖い気持ちから逃げられたってこと」



ぼくの言葉に納得できないらしいルカの胸元を、人さし指で押してみる。



「少なくともあんたは、ぼくより先にいなくならないし、ぼくを知ってくれてるから安心、ってこと」
「フン」



紅茶を煽るルカは、全部飲みほすと息をつく。
それから、じいっと見つめてきた。



「な、なに?」
「……俺は、お前を信用していなかったのかも知れないな」
「……いきなり大層なお言葉ですね」



「すまん。お前がまたすぐどこかへ行ってしまうんじゃないかと……危惧していたのだ」



どうして今そんなことを話すのかと問いかければ、こまったように笑う。
それが、こちらと目をあわせながらの仕草で、心臓がびくりと震えた。



「俺と同じ気持ちだとわかったからだ、リオウ、お前が」
「同じ気持ち、っていうことは……ルカも、やっぱり怖いの?」



「……さあな」
「そういうときは意地張っちゃだめなの!」



片側のほっぺを引っぱってやると、向こうも仕返しに同じことをしてくる。
つままれた部分がじんじんして、痛い。



「リオウ、知っているか。俺はこんなことですら幸福を感じていることに」
「はあ? なにあんたマゾっ気開花させちゃったわけ?」



間抜けな声を出して驚くぼくを組み敷くと、ルカは怒って笑った。



「阿呆が。俺とこうしてじゃれ合えるのは貴様だけだということだ」
「そんなの、ぼくだって毎日幸せだよ、だから、ひとりでここにいたら、わるいことばっかり考えちゃって」



大きな手のひらが頬を包んで、額にキスが降る。
唇でまつげを咬まれて、鼻と鼻をこすり合わせてくる。



「それは俺の弱さだ、悪かった、リオウ」
「え……いや、そんな、役に立たない身分だし……」
「お前にも、なにか仕事を与えよう。書類整理で良いか?」
「……本当?」



「ああ、たしかお前、楽しがっていただろう」
「うん、ありがとう……!」



首の後ろにうでを回して、抱きしめるようにキスをする。
唇をはなして、鼻の擦れ合いそうなところで、ふたり息を吐いてくすくす笑い合う。



「あんたはきっとぼくを連れ回すんだろうなって思ってたんだ」
「クッ、ならば拍子抜けしただろう」
「うん。昔はそれはだめなことだって思ってたのに、不思議だよね、今はずっとそばに居たいと思うよ」



一瞬、ルカは驚いて、それからしまりのない顔になる。
どうしたんだろう、と頭に疑問符を浮かべていると、体を抱き上げられる。



「今日の政務は終わりだ。あとはお前との時間にする」
「え、ちょ、だめだよ、ちゃんとしないと、みんな休憩終えて待ってるよ!?」
「貴様が可愛いことを言ったというのに、落ちついて仕事してられるか」
「え? 別に、何も言ってないけど……」



ルカはぼくの言葉もよそに、ベッドへとなだれ込む。
そうして枕元の電話で宰相に連絡し、受話器を置くとにやりと笑った。
どうやら今日の仕事は終わりらしい。







横で天井を見つめる大きな顔にかかる髪の毛を手で払ってやりながら、まくらに肘を置いた。
そのままほおづえをつくと、ぼくは心配する。



ティルさんは、今、怖くないのかな。
ずうっとひとり、歩いて、歩いて、歩き回って。



「貴様より、やることがあるのだからティルに怖いことなど無い」



空にあった視線がこちらに向けられて、そうして発せられた言葉が心とつながっていて、少しまごつく。



「でも、あんただって、不安になったことがあるだろ?」
「……だから、俺たちがここにいるんだろうが」



腕を引っぱられて、力強くだきしめられる。
つるつるの筋肉が、少し弾力のある肉がくっついて、驚いた心臓がゆっくりと凪いでいく。



「あの男は信念を持って歩き続けている。そしてたまに困ったときに、道を照らすランタンがあれば良い」
「うん……」
「それが出来るのは、俺たちと……星見の女ぐらいだろう」
「……そうだね……」



脇腹から腕を差し込んで、大きな体を抱きしめる。
ずっと手に入れていたい安心感に、身をゆだねる。ルカも、同じ気持ちなんだろうか、頭に頬をすり寄せてくる感触。



今度は、いつ帰ってくるのだろう。
そのときは、こうやってぎゅっと抱きしめあえたら。



不安な心を分かち合えますように。
あなたの暗い道が怖いとき、ふいに見つけてほっと出来る、そんな灯火になれたら。




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