翠湖市伝え書き覚え書き〜ぼくととりまく世界〜

002:気になることとお気遣い


まえもくじつづき




ルカさんがコントローラーを投げ落とす音がひびいた。
その横で笑っているのは菜々実とティルさんだ。



爺ちゃんはダイニングテーブルで日本酒をゆっくりと呑んで、甘栗を口に放り込みながらにこにこしている。
ぼくはおぼんにコップとオレンジジュースのペットボトルを乗せると、盛り上がっている居間へと足を運んだ。



「ルカさん、負けちゃったんですか」
「戦国武将のバランスが邪道だ。スリの銀次が出過ぎる……改善を期待する」



焼酎の水割りをあおりながら、ルカさんはぐちぐちと話し始める。
見た目からは想像が付かないくらいけっこうなゲームオタクのルカさんは、
以前持ってきてくれた幻水の新作の文句を再び繰り返していた。



不躾に差し出される空になったグラスを受けとり、新しく水割りを作る。
週末はこんな感じで過ごすことが日課になっていた。



「理央も遊ばないか?」
「次はwiiパーティーにするから、ね!」



ふたりからのおさそいはありがたいが、実は遊ぶよりもそれを見ている方が好きなぼくはやんわりとことわった。
かわりにルカさんの肩を押して、テレビの前に押し込んでいく。



「何をする」
「wiiパーティーはお好きでしょう?」



まあ、バランスはいいが……とぶちぶちつぶやくてのひらにコントローラーを乗せると、ぼくは爺ちゃんのとなりに腰掛けた。



「理央は遊ばないのか」
「うん、見てる方が楽しいし」
「この前は輝城さんとふたりでレースゲームをしていたじゃないか」
「あれは……他にだれもいなかったからだよ」
「理央の体がゆれて、すごく楽しそうだったがなあ」
「それは楽しいんじゃなくて、体が反応しちゃうだけなの」
「面白くなかったのかい?」
「いや、それは、楽しかったよ」



アクセルボタンを押して加速していく感覚や、投げたバナナの皮にルカさんが嵌ったときはすごく面白かった。
けれど、やっぱり、対戦っていうのがあんまり好きじゃないから、どこかむなしさが残る。
だからゲームは見ている方が一番楽しい。



「理央には先に話しておくかな」



爺ちゃんの声から酔いが消えた。



「……なに?」
「来月、留学生を迎え入れることになった」
「りゅうがくせい……?」



どうも、この市内で日本らしい場所としてこの家と道場が推薦されたらしい。
迎え入れる学生は、北欧のハイランドからやってくるということだ。



「ど、どうしよう、今からでも英語の勉強、たくさんしてた方がいいよね?」
「いや、どうも日本通らしくてな、日本語を話せるから気にしなくていいそうだ」



「ただ、どうも位の高いお坊ちゃんだそうだから、家事を担う理央には、一番負担をかけるかも知れん」
「それは、ぜんぜん構わないよ。不快な思いをさせないように、がんばるね」



「お前が一番の常識人だからなあ」



爺ちゃんが頭を撫でてくれる、ぼくの後ろでコントローラーが宙を舞った。







学校帰りに大型スーパーマーケットに寄り、夕食の買い出しをしていたときだった。
肩を軽く叩かれ、振り返ると指でつっかえ棒がしてあった。



「……こういうの、古いですよ、ルカさん」
「買い出しか」
「ええ、そうですよ」



ルカさんは買い物かごをしげしげと見つめると、眉を寄せた。



「細切れ肉で何をするつもりだ」
「しゃぶしゃぶみたいにして、サラダにしようと思って」
「ならばなぜしゃぶしゃぶ用の肉を買わんのだ」
「そりゃ、予算があるからです」



ぼくのことばに、彼は肉のパックを取り出し、陳列棚に戻す。
そして脂身の少ないしゃぶしゃぶ用の肉をかごに入れ直した。



「ちょ、何してるんですか!」
「俺が払うから良いだろう」
「いや、あの、そういうことじゃなくてですね」
「子供のときに良いものを食べておかねば、ろくな大人になれんからな」
「…………」



彼は彼なりに、大人なりに、僕たちを心配してくれているのかな、とはじめて思った。
よくうちに来て、ゲームを持ってきてくれるのも、取り寄せたような高級食材を持ってきてくれるのも……



静かに感動していると、勝手にかごを持たれて、精算の列に並ばれていた。
慌てても遅い。エコバッグ持ってきてるのに、ああ、2円引きされなかった、もったいない。



そのままルカさんは荷物持ちまで引き受けてくれて、なんだかもうしわけない気持ちになる。
きっと彼も、あんまりお金を持っていないだろうに……無理をさせているのは、間違いないんだ。



そう思うのは、管理しているアパートが安くてぼろくて、狭いからに他ならない。



「あの、ありがとうございます」
「構わん。勝手にしているだけだ」



お金、貯めたりしなくて良いのかなあ、大家に投資するって、ちょっと変だと思う……し。



「そういえば、留学生を迎えるのだろう」
「え? あ、はい。爺ちゃんから聞いたんですか?」
「ああ。ハイランドだろう? 彼処はウイスキーの産地でな、うまいんだ」
「へえ、そうなんですか……よくご存じですね」
「まあな。昔留学していたからな」



留学……それじゃあ、あんまり貧乏じゃないのかな?
あ、いやいや、海外インターンかもしれないし……っていうか、ぼく、ルカさんのこといろいろ詮索しすぎのような気がする。



どうしてこんなに気になるのかな。



「またウィスキーを持っていこう」
「あ、爺ちゃん喜びます。ありがとうございます」
「それとゲームもな」
「え、あ……はい」
「お前はもう少し好戦的にならんといかん」
「いやあ、はは……」



なにやら、あんまり対戦ゲームが好きじゃないということがばれてるみたいだ。



「ルカさんこそ、いいんですか」
「何がだ」
「ぼくらにばかり構って、彼女が悲しがっていたりしませんか?」



ぼくの言葉に、眉を寄せて、言葉が止まった。
やっぱり、どうも口が滑るみたいで、自分がすごく恥ずかしい。



「あ、い、いいんです、あの、大丈夫なら、いいんで!」
「……お前の言う彼女とはだれだ?」
「え、あの、駅で暴漢に襲われた……」
「あれは妹だ」
「え、えええええー!」
「……なぜ驚く」
「だってあんなに綺麗でたおやかで、やさしそうな人なのに……」
「俺と似てるだろうが」



にやっと笑われて、思わず吹きだしてしまう。
なんだろう、心がすごくかるい。



本当にぼくはどうしてしまったんだろうか。







家に着くと、玄関先にティルさんがいた。
声をかけると嬉しそうに振り向いて、それからいつもの顔になる。



「最近、輝城さんよく家に来るよね」



なんだかとげのある声のような気がする。



「お前みたいに泊まっていないから良かろう」
「泊まりはじめたら顔にマジックで落書きしてあげるよ」
「そう言う奴には晩飯をやらんでいいぞ、理央」



「いやいやいや、みんなで美味しく食べてこその食卓ですよ」
「俺の金だぞ」
「そうおっしゃるなら代金を払いますね!」
「……冗談だ」



ちょっと怒ったぼくの肩をティルさんが後ろから抱いてくる。
なんだろうと思って横目で見ると、なんだか笑いをこらえてるみたいに上機嫌だ。



「献上品があるのなら歓迎するよ」
「大きい面をして……貴様こそ何様だ」
「ティル様。リオウの大親友ってところかな」



「え、本当ですか、嬉しいです!」



弟ぐらいの立ち位置だと思っていたので、親友と言ってくれたことがすごく嬉しくて思わずお礼を言ってしまう。
ふたりでにこにこしていると、ルカさんがぼくたちを追い越して扉を乱暴にゆらした。



「早く開けろ」
「あ、ごめんなさい!」



「リオウ、今日のおやつは?」
「昨日焼いておいたサンドイッチケーキですよ」
「何入ってるの?」
「オレンジマーマレードです」



「次はレモンジャムにしろ」
「あ、それもさっぱりしてておいしそうですね」



サンドイッチケーキは北欧の方の伝統的なお菓子らしく、最近何度も作っている。
留学生の人がホームシックにならないように、その日までに少しでも向こうの料理を覚えておこう。



部屋も、タオルも、ふとんも用意した。
どんな人がくるのか、不安だけど、楽しみだ。





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