どうかぼくをころしてください

+零参▲暗碧


まえもくじつぎ




全ては終わったのだ、と皇子は玉座に脱ぎ捨てられた服と王家の紋章を見つめ、虚無感に襲われていた。
城の崩れゆく最期の叫びの中で、自分はどうすればいいのだろうかと。





「ルカ皇子、どうされましたか」






振り向けば、穏やかな表情でこちらを伺うリオウの姿があった。
疲れは見えるが、目に力は失われていない。






「ジョウイをどうするつもりだ」






訪ねた言葉に、少年にこまったように笑った。






「ジョウイは戦いを放棄しました。囲碁なら投了、麻雀ならハコテンです」
「なんだそのたとえは」






シロウの入れ知恵かなにかか、と眉を寄せるが、こちらの表情には気付かず言葉を続ける。






「彼は結局、古いものを捨て、新しいものを組み込む余裕がなかったんです……彼を討ったところで、もうなんの価値もない」
「それは貴様の優しさか」
「いえ、一番残酷な心です」






おかしなやつだ、とルカは笑った。生かすことが残酷とは、と……
しかし、リオウにしてみればそうなのだろう。俺に殺されることを願うなら、殺されなければ、どれだけつらいものだろうか。






俺は残酷なことをリオウに強いるというのか。
改めて眉根をよせると、リオウが腕を引っぱってくる。






「ここは危険です。ふたりとも死んじゃったら、これからの時代に意味がありません」
「……それもいいかもな」






皇子の発した小さな言葉に、少年は首をかしげていぶかしむ。






「もう、俺には何もなくなった。城も、国も……」
「国は新しく建てられます、城だって……」






「仇のお前を殺したら、それこそ全てが無くなってしまう」
「それ、は……」






落ちこむリオウの頭を、ルカは撫でた。
結局、はじめてあった時からほだされていたと言うことだ。
今はただ、リオウと共にあればよいと思うところにまで感情が育っていた。






一心に自分のみを案じ続ける人間に、気を許さない人間が居るか?






「ルカ皇子は、もう、新たな絆をお持ちです。同盟軍の中でこれだけ一緒にいたんです、ぼくを殺しても、何も変わらず、そこにあります」
「そうではない」
「そうだ、この混乱に乗じて僕を殺せば自然ですよ! 大丈夫、何事も恐れずやってみましょう!」
「怖がるのは貴様だろう、死ぬのだから」
「それが、ぼくの目的です」
「死は、全員の目的だ」






ルカは大きく腕を振り上げた。
その一瞬、リオウの眉が寄ったのを、彼は見逃さなかった。












ボルガンの喜びの声でリオウは目を覚ました。
自分は殺されたはずだ、と目の前に広がる大空に目を細めた。
まぶしさと土煙のせいだった。






ゆっくりと体を持ち上げ、見渡してみれば、城のあった場所はただのがれきの山になっていた。






「壮観だったぜ、城が一気にくずれるってのは」
「こんな機会に二度も恵まれるたあ、もしかしたら傾城の素質があるのかも知れねえなあ」
「アホか。それは女にだけ通用する言葉だろうが」





ひびくビクトールとフリックの軽口を聞きながら目的の人物を探す。やはり、ルカ皇子の姿は見あたらなかった。





「皇子は……」






問いかけに誰も答えるものはいなかったが、しばらくしてシュウの後ろからちょこんと姿を現したナナミが答えてくれる。






「キャロに行くって……」






「キャロ? なんでまたそこへ……」






リオウは口に出してから気付いた。ジョウイのところだと。
彼にとっても、ジョウイは敵で、仇だ。自分からそう言ってけしかけたはずなのに、と忘れていた自分を恥じた。






「行かなくちゃ、ぼくも、キャロへ」






ナナミは、自分もついていくとは言わなかった。













天山の峠で、少年と男は互いに見あっていた。
流れる空気は緊張したもので、一触即発といった言葉がふさわしいかも知れない。だが、二人が交わしているのは武器ではなく、言葉だ。






「貴様は、綺麗なまますべてを終わらせたのだな」
「きれい? きれいでしょうか、僕は……リオウの言ったとおり、捨てることが出来なかった、それだけです」





「それが破滅に破滅を呼んだ、と言うことか、皮肉なものだな」
「あなたこそ……全てを壊し尽くさなくて良いんですか」





「そうやってまた俺をけしかけるのか?」
「そんなこと……」





「残念だが、俺の心はもう凪いでいる。落ちついたものだ……貴様も静かに、ジルと暮らせ」
「何、を……」
「俺には、仇が居るからな」






心を安定させる、自分の目的、ひどくまっすぐすぎる、母親の仇が。
頭の中に思い浮かべれば、胸の内が熱くなる、大切な存在だ。






噂をすれば影というか、リオウの声が遠くから響いてくる。呼び声に乗る名前の順番だけで皇子は嬉しくなる自分に苦笑した。






「皇子!! ジョウイ!!」
「リオウ……来てくれたんだね……」






安堵するジョウイの前に、皇子は立ちふさがった。
その光景にリオウもジョウイも、眉を寄せ不可思議なものを見るような顔をした。





「リオウ、俺はジョウイに罰を与えた」
「……え? 皇子……仇を討つ、んじゃ、なくて……?」
「みすぼらしく、死ぬまで生きる、という罰だ」
「それで、いいんですか……」
「貴様が言ったんだぞ、一番残酷な仕打ちだと」






リオウの目が見開かれる。
皇子はそれに満足して、ジョウイに向き直る。






「そう言うことだ。貴様は女子供に守られ、最期まで小さいまま生き続けるのだ。古い友にも、誰にも会えずにな」
「……でも、ぼくらが持つ紋章は、また争いを引き起こす……」





「だから貴様はもう表に出るな、と言っているのだ。戦争も友もない場所にいれば、争いなど起こらない」
「…………」





「わかったな、それじゃ、行くぞ、リオウ」
「え、でも……」





「俺の母親を汚した男のところへ案内しろ」
「あ、うん、わかりました……」





ジョウイを気にするリオウを引っぱりながら、ルカは歩いた。
結局は少年も鬼にはなりきれないのだ。その瞳には心配する色が浮かんでいた。











「ジョウイなら心配するな。奴にはジルと子供がついている」
「子供……あ、そうか……」





「納得したらきびきび動け」
「うわ、はい、すみません、ごめんなさい」





少し元気を取り戻したようなリオウに連れてこられたのは、ルルノイエの見える丘の上だった。
感慨深くもなく、足の下に男が居るのかと事実としてだけ受け止めた。






「気絶させて、川下で……頭から首まで沈めて、頸動脈を切りました」
「……よく覚えているな」
「殺した人のことは、ずっと、覚えてます」






それが懺悔とも言うのか、それではただ苦しいだけではないかとルカは反論したかったが、
少年が自ら求めてやっているのだと言うこともわかっていたので、ただ聞き流すだけにした。






「お前にも、罰を与えよう」
「ぼくにも? 仇を討つんじゃなくて?」





「仇を討ちたくなったら殺してやる。それまで生きていろ」
「今は、殺す気になれないってことですか?」





「そうだ」
「それじゃあ、殺したくなるようにすれば良いんだ!!」






にっこり笑うリオウに男は絶句した。
殺したくなるようにする、とはどういうことだ。






だが、それでリオウにも生きる目的が出来たのなら良しとするか、と
夜も近い空に、皇子は大きな動作でマントをひるがえした。





殺すという目的と、
殺されるという目的。






それが生きる目的になるとは、人とはどうにも奇妙なものだ。








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