どうかぼくをころしてください

+零弐▼全璧


まえもくじつぎ




ルカ・ブライトの処遇はリオウにより客将の位置にとどまることになった。
驚いたのはそのときのリオウの答弁だ。





「ルカ・ブライト皇子は今後同じ目的のために共に戦う将となった! 恨み、辛み、恐怖を持つ者も多いだろう、だけど、決して彼に報復するな! 彼は望んでここにいる訳じゃない、そうさせたのはぼくだ! どうしても我慢できないというならば、まずぼくを殺しに来い! 直接皇子に手をかけようとした者はためらわずぼくが殺す!」





城の空中庭園から発せられたその言葉は、同盟軍の人間全てを凍り付かせたかのように見えたが、
リオウに心酔しきり、頼り切っている人間たちからすれば、それは遠回しに自分たちを守るための言葉だと受けとられていた。




ルカに近づけば殺される、と暗に説いているのだと。




皇子にはリオウの言葉はまっすぐな感情そのものだとわかったし、あまりにも歯に衣着せぬ物言いに驚いたものだが、
裏表のない気持ちいい言葉や考えが、逆にカリスマ性を抱かせているのだろうと結論づけさせる。




自分の場所を与えられてから数ヶ月が経ち、ここに至る経緯を思い出しながら過ごしているところに、乱暴なノックとドアノブを回す音がひびく。





「おう、大将! 酒でもやらねえか!」





不躾に入ってきたのはビクトールという男だった。手にしたボトルを揺らして見せて、グラスを二つちらちらとかがやかせた。
ルカはこの男が苦手だった。





「なんの用だ」
「なあに、あんたが気を遣って外に出ないってえから、こっちから遊びに来たって訳よ」
「……リオウの差し金か」
「まあ、半分はそうだな、でも半分は俺の意志だ。だからいいだろ? 酒は安物だがな」





さらにルカはこの男に対して良い感情を抱けなくなった。
それはビクトールがリオウに絶大な信頼と好意を寄せられているからに他ならなかったが、そのことに皇子は気がついていなかった。





「リオウは貴様に色々話すんだな」
「なんだ? 嫉妬か? あいつも大変だなあ」
「嫉妬だと? 笑わせるな。俺が言っているのはそういうことではない」
「じゃあなんだよ?」




「…………」
「黙るってこたあそういうことなんだよ」





テーブルにふたり収まると、傷が入りくもったグラスに酒がつがれる。幾分透けた感のもどったそれをつかむと、ふたりで酒をあおった。





「まあ、正直俺はあいつが怖いぜ」
「リオウがか」
「なんつーか、崖のはしっこを楽しそうに歩いてる感じでな」
「好いている相手にそう思われては難儀なことだな」





ルカはク、と笑って見せたあとで、自分もそう感じていることに思い当たった。
あれは危うい。しっかりしているように見えて、不安定だ。





「でも、まっすぐだ。嘘をつかない。だからみんなあいつが大好きなんだろう」
「……そうだな」





リオウは自分の父親を殺したことも、その父親がルカの母親を陵辱したことも、男が仲間に入った時にすべて全員に話して聞かせた。
それは民衆の心を遠のかせるほどの衝撃を与えたが、のちに彼の姉によって求心力を増すことになる。




父親の痛い、痛いと泣きながら酒を飲む、ぼろぼろな姿にキャロの人々が怖がっていたこと、酒代をせびりにきていたこと、
病院を勧めても、治療費を出しても、全てを酒につぎ込んだこと……ついには、ナナミまで手にかけようとしたこと……
リオウはそれに逆上し、父親を殺してしまったこと。





人々はつらい思い出を泣きながら綴る少女に同情し、リオウの理由足らずの言葉は姉をかばうために自分を貶めていたのだと納得した。
面白くないのはルカだった。
自分のために父親を殺し、殺されるために殺したのではなかったのかと。
お前は嘘つきだ、とリオウをなじってやると、にっこり笑ってこういった。





「嘘をつかない人間は居ませんよ。殺したいなら、統一したあとでお願いします」





殺してほしい気持ちは嘘じゃないのが、ルカの中に奇妙な高揚感を与えたのがふしぎだった。
みんな、嘘をついていないのだ。互いの真実が、自分に嘘のように不審がらせたのだろう。





つがれるままに酒をあおりながら、ルカはリオウのことばかり考えていた。











たまには家族サービスをしないと、とリオウは一日、ナナミのために体を空けておいた。
そのことを彼女に告げると、うれしそうに観光がしたい、と笑って要望を述べたのだった。





クスクスにやってくると、街が慌ただしい。話を聞けばハイランドの将軍がリオウに謁見したいためにやってきているのだという。
リオウとナナミは顔を見あわせて、船着き場へと足を速めた。





「こんにちは、将軍さん」





人々にかこまれているくだんの将軍に声をかけると、黒の正装に身を包んだ男がこちらを振り向き、ひざを折った。





「初めまして、リオウ殿。私はハイランド第四軍のクルガンと申します」
「能書きは良いよ、クルガン。ジョウイが王女と結婚した的な話でしょ?」





リオウの言葉にクルガンとナナミは目を丸めた。クルガンは情報の漏洩に、ナナミは単にその言葉に。





「え、ええ、そのとおりです……」





クルガンのいぶかしむ表情にリオウは笑った。





「スパイとかじゃないですよ。物事の定石をたどれば自ずとわかることだ。さらに、ぼくとジョウイは幼なじみ。考え方は熟知してる」
「そ、そうですか……ジョウイ様と同じく、あなたも聡明であるようだ」
「なあに? それで結婚祝いをよこせってことかな?」





わざと見当違いのことを言ってみせると、将軍はやっと安心したかのように破顔してみせる。





「いいえ、本日伺ったのは、ハイランド皇国と都市同盟との和議をとり結ぶためです」





リオウはきた、と瞳を一瞬大きくしたが、すぐに平静を装ってクルガンに手を広げた。





「ごめんなさい。そういうことはぼくにはよくわからなくて……よかったら、本拠地にいらしてください。ぼくらの軍師が話を聞きます」
「そうですか……わかりました」
「兵士を連れて行きますか?」
「いえ、私ひとりで構いません。武装していけばあらぬ誤解を生みそうですから」





いい武将だ、とリオウは笑ってみせると、ナナミと共にクルガンを自分たちの家に招いたのだった。





「クルガンは、話を通し終わらない限り一緒にいてくれるんだよね?」
「……は?」





本拠地のアーチをくぐり、リオウはイタズラ小僧の顔でクルガンを見上げ、それからナナミに笑いかける。
せっかくなのだから、ひっぱりまわして遊んでもらおう、と。





「いいねいいね、おいしいレストランもあるし、お風呂もあるし!」
「ちんちろりんとか結び目とか、賭け事も面白いですよ!」





無邪気にクルガンを案内したのは、リオウに考えがあってのことだった。
彼はどんなときも動じず、心は常にハイランドにあった。
それがジョウイへの忠誠からか、国への忠誠なのかは図れなかったが、信用たり得る人物と言うことはわかった。
それは大きな収穫だった。





「お風呂、熱くなかったですか?」





男同士の入浴を終え、着がえながらリオウは話した。ここはふたりきりで、いろいろと丁度良かった。





「いえ、大丈夫です。まさか同盟軍主と風呂に入ることになるとは思わず、その方が驚きです」
「そっか、よかった。ねえ、クルガン、お願いがあるんだけど」




「なんでしょう」
「ルカ皇子がそちらに帰れるように、こっそり準備をしておいてくれないかな」




「……は?」
「君たちはもう皇子が戻らないものとしてジョウイを皇位に置いた。けれどもそれはちがうんだ。彼は皇位に返り咲く」




「皇子は、我らの敵になりました。それに彼は、王になってもいずれ国を滅ぼします」
「ちがう。彼はハイランドの王だよ、そしてまっすぐに美しい王道を巡る」




「何をおっしゃいますか、リオウ殿、あなたは敵ではないですか」
「敵……和議を申し入れる相手に、敵、ねえ……」




「あ、いえ……和議が通るか否か、まだわかりませんから」





リオウはこの言葉を見逃さなかった。和議の裏に、何かある。
それはそれで置いておいて、今は皇子の味方を作らなくては、とリオウは会話を続けた。





「皇子は変わったよ。全てを憎まなくて良くなったから」
「……それは、どういう」
「彼の憎むべき仇が、かたちを持ったからだよ」





帯を締めながらにっこり笑って見せても、クルガンのいぶかしむ表情がほどけることはなかった。
これは失敗ということだろうか。ルカ皇子の仲間を探すのは、なかなかに難しいようだ。










「和議申請、か……シルバーバーグが絡んでることを考慮しないとな……」




「そうですね、罠、ということも考えられます」




「ですが今のハイランド勢力を考えると、優位にすすめられるかも知れません」





軍師三人の表情は複雑だ。
三者三様の考えだが、自分の考えていることを実現するには一番前向きなアップルの言葉に乗るしかない、とリオウは考えた。





「リオウ様、わたしもグリンヒル市長代行として同行いたします。ミューズへ参りましょう」





テレーズの申し出には足を引っぱられそうだったが、リオウは笑顔で良しとした。
彼女にはシンがついている。いざとなれば彼が守ってくれるだろう。





「リオウ殿、念のためチャコをお連れください」
「ああ、わかった。それと、ピリカを連れていってあげたいんだけど、良いかな?」





シュウのおどろいた顔に、リオウは追い打ちをかけるようにやさしく笑った。





「ピリカはジョウイが大好きなんだ。会えたらきっと喜ぶよ」
「それは……私と、ビクトールの仕事です」
「ぼくは無知な訳じゃない。だから、率先して汚れなくて良いんだよ」





首を少し傾けて優しく諭せば、軍師は笑うほか無い。





「私はだんだんとあなたがおそろしくなってきましたよ」
「シュウの教え方が良いからさ」











ジョウストンの丘にある会議場は太陽光と影のコントラストが深紅の絨毯に落ち、重厚な雰囲気を漂わせていた。
一度目は傍観者だったそこに今回は主役として席に座る、何とも不思議なものだとリオウは目の前に座るジョウイに笑いかけた。





「久しぶりだね、ジョウイ」
「ああ……そうだね……」
「お城って広い? ごはんは美味しい?」
「城? はは……そうだね、広くて、迷いそうになるよ……ごはんも、おいしいよ」
「そっか、元気そうで良かった」
「僕も、リオウとナナミが元気そうで良かった」





他愛のない会話をしながら、リオウはジョウイの目の動きと体に表れる癖を観察していた。
泳ぐ瞳、せわしなく組み直される手指。やはり何かを隠していた。





「本題に、入ろうか」
「結婚、おめでとう、ジョウイ!」





ナナミの声に、ジョウイは苦笑して礼を言う。





「それはそれとして、和議に入ろう……同盟軍にこの戦争から降りてもらうために」





ジョウイが手のひらを上げた。後ろの扉から、弓兵が一斉に流れ込んでくる。
標的は同盟軍の人間たちだ。





「同盟軍には、全面降伏し、全てをハイランドにゆだねて頂きたい」





レオンの言葉に、テレーズも負けじと悪態をついた。





「断ればあの弓が一斉に鳴るということですね」





緊張が走る会議場は、笑い声が一蹴する。狂ったように笑うのはリオウだ。





「あは、あははは、ははっ、さすが、さすがだよジョウイ……君は思っていたとおりの人間だ……」
「リオウ……?」





異常な親友の姿におののいたのか、神妙な顔でジョウイがたずねる、それに人さし指を突き出し、リオウは鋭く息を吐いた。





「君は笑顔の裏で人を裏切る。ルカ皇子の時と同じだ。ぼくはさらに君のことが嫌いになったよ……」
「裏切ってなんか、僕は、君たちを守りたくて」
「それが裏切りだ! お前はどっちつかずのまま、みんなを裏切ってるんだよ!!」
「なん、だと、リオウ……!!」





ジョウイの表情が怒りに満ちてくる。図星をつかれて、それが守るべき対象に指摘されたからだ。
レオンが腕を振り上げる。





「弓兵!! 構え!!」
「でもね、ジョウイ、それでも君のことが一番大好きな子がいるんだよ」
「放てェイ!!」





弓鳴りが激しくひびく中、リオウはビクトールの背に隠していたピリカの首根っこを掴み上げた。
都市同盟の全員が息をのんだ。驚きのあまり制止の声すら出せなかったのだ。





リオウはピリカを盾にするようにジョウイに突きつける。
雨のような矢の中、幼子の瞳はジョウイだけをとらえる。





「やめろ!! 弓を射るな!! やめろ!! とめろおおお!!!」





ジョウイの必死な声は会議場全体に響いた。
それでも始めた攻撃はなかなか止み終わらなかった。





「ピリカに! あのこにこんなところ見せちゃだめだ!!」





飛んでくる弓矢をリオウは全て土の紋章札で防いでいた。
ピリカには傷の一つもついていない。





ようやく弓矢が止んだ頃、リオウはピリカを床に下ろした。
振り返る彼女に笑ってみせると、小さな体は懸命にジョウイの元へ向かっていった。





子供を抱きしめたジョウイは体を震わせ、ピリカに謝り続けていた。





それを見届けると、リオウは全員を促し、会場をあとにしようとする、その背中に声がかかった。






「リオウ、君は変わってしまったのか……?」
「心外だな。その言葉そっくり返すよ。君は親友を裏切って殺そうとする人間だったのかな?」




「ちがう、僕は、ちがう、ちがう……」
「綺麗事だけじゃ、人は引っぱっていけないよ。君は捨てることを覚えなくちゃ」




「だめだ! それじゃ、僕の理想の国は作れない!!」
「理想は理想さ。いいものを作るために、取捨はしなくちゃ。カードゲームの手と一緒だよ」




「ちがう、ちがう、ちがう……」
「さよなら、ジョウイ。次は全部にさよならだ」






リオウはピリカの持っていた、ルカ・ブライトの夜襲に使った木彫りのお守りを投げ捨てた。
衝撃は絨毯が吸いこみ、音はなかったが、ふたは開き、中から蛍の死骸が二匹ちらばった。
それは完全な決別をあらわしていた。




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